遷延性意識障害(植物状態)とは?後遺症のポイントを解説

執筆者:弁護士 大村直仁 (弁護士法人デイライト法律事務所 弁護士)

交通事故や労災事故にあわれた方やその家族の方々は、あまりに突然の出来事に心身ともに苦しんでおられることと思います。

大切なご家族の方が遷延性意識障害(せんえんせいいしきしょうがい)という重度の障害を患った中で、不安な日々を過ごされているかと思いますが、この記事が少しでも皆さまのお役に立つことができれば幸いです。

この記事では、交通事故や労災事故等により遷延性意識障害となった場合の後遺障害や賠償について解説していますので、ご参考にされてください。

遷延性意識障害とは?

遷延性意識障害(せんえんせいいしきしょうがい)とは、交通事故などで意識を失い、外界からの刺激に全く反応しない状態に陥った後、呼吸活動や目の対光反射などだけが可能となり、外部との意思疎通が全くできない状態が長く続くことをいいます。

遷延(せんえん)とは、長引くという意味であるため、遷延性意識障害は意識障害が長く続くということを意味します。

 

植物状態との違い

植物状態とは、考えたり記憶したりする部分である大脳は停止しているものの、脳幹という自律神経を制御する部分は働いており、自力で呼吸したり、血液を体中に送ることだけはできる状態です。

遷延性意識障害は、遷延性植物状態と表記される場合もあり、いわゆる「植物状態」と同じ意味であるとされてます。

 

脳死との違い

脳死とは、脳機能が停止している(脳幹部の機能停止)状態をいい、自力で呼吸することができなかったり、目の対光反射(たいこうはんしゃ)がない状態です。

つまり、脳死は、遷延性意識障害とは異なり、外部との意思疎通が全くできない状態に加えて、自発呼吸ができなかったり、両側の瞳孔が拡大したままの状態であることまで含みます

 

 

遷延性意識障害の症状とは?

遷延性意識障害については、日本脳神経外科学会の定義によると、以下の6項目を満たす状態に陥り、ほとんど改善が見られないまま満3ヶ月以上経過した場合に、遷延性意識障害と認められます。

  1. ① 自力で移動することができないこと
  2. ② 自力で食事ができないこと
  3. ③ 糞・尿を失禁してしまう状態にあること
  4. ④ たとえ声は出せても意味のある発語は不可能であること
  5. ⑤ 「目を開け」「手を握れ」、などの簡単な命令にはかろうじて応ずることもあるが、それ以上の意思の疎通が不可能であること
  6. ⑥ 眼球はかろうじて物を追っても認識はできない状態であること

 

 

遷延性意識障害は治る?

結論から申し上げますと、一度、遷延性意識障害となると、意識を取り戻し元の状態に戻ることは非常に困難です。

遷延性意識障害については、脳深部電気刺激法(脳の特定の部位に細い電極を挿入し、電気刺激すること)や脊髄電気刺激療法(脊髄に微弱な電気を流すことにより、痛みを和らげる治療)が行われますが、脳外科手術による回復は難しいのが現状です。

周囲の呼びかけや身体への刺激等も相まって、意識を取り戻したという事例もありますが、多くの場合、患者の自己治癒能力による回復に期待しつつ、現状維持を図ることが治療の目的となります。

また、交通事故で植物状態になった人の死亡率につき、5年未満で66.3%、5年以上10年未満で21.8%、10年以上15年未満で8.3%、15年以上20年未満で3.0%、20年以上が0.4%という統計が存在します。(自動車事故対策センター作成の統計参照)。

遷延性意識障害となった後、意識を取り戻し、事故前と同じ状態に戻るというのは非常に稀なことといえるでしょう。

 

 

遷延性意識障害の原因

遷延性意識障害は、交通事故や労災事故等によって、頭部に強い圧力が加わることによって、大脳の全面的、または広範囲が損傷することによって発症します。

具体的には、脳出血やクモ膜下出血が生じたり、びまん性軸索(じくさく)損傷が生じることによって、遷延性意識障害に至ります

交通事故や労災事故などで、頭部を地面に強く打ち付けたり、強い圧力が頭部に加わることにより、意識が戻らない場合は、遷延性意識障害の可能性があるため、専門の医師や弁護士に相談されることをお勧めします。

 

 

遷延性意識障害の相談窓口

常時介護の必要性と負担

遷延性意識障害については、24時間の常時介護が必要で、定期的な輸血や身体の清拭、床ずれ防止のための体位交換、排泄の処理、入浴、関節や筋肉の拘縮防止のためのマッサージ、随時の痰の吸引等、介護者の負担が大きいです。

また、通常の病院に入院している場合、効果的な治療法が存在しないために、現在の医療制度では、入院する医療機関から3ヶ月程度を経過すると退院を迫られることになり、被害者の家族は、新たな受け入れ先を探す必要に迫られることが多いです。

新たな受け入れ先が見つからない場合については、遷延性意識障害の被害者の受け入れ先として、以下の施設等を検討することもおススメします。

 

リハビリ施設やサポート施設

自動車事故対策機構では、交通事故により、遷延性意識障害を患われた方を対象に、社会復帰の可能性を追求しながら手厚い治療と、看護並びにリハビリテーションを行う重度後遺障害者(遷延性意識障害者)専門の病院として、nasva(ナスバ)療護センターを運営しております、

同センターは、国内4か所に設置・運営されています。

また、同センターに準じた治療と看護を行うナスバ委託病床が国内8か所に設置・運営されています。

これらの療護施設への入院期間は概ね3年以内とし、治療及び介護の必要性、脱却の可能性等を総合的に判断して入院の承認が行われます。

nasva療護センター・委託病床については以下をご覧ください。

参考:各療護施設の概要|独立行政法人自動車事故対策機構

また、家族の方のサポートについては、全国遷延性意識障害者・家族の会などの支援団体もあります。

 

全国遷延性意識障害者・家族の会については以下をご覧ください。

参考:全国遷延性意識障害者・家族の会

 

加害者がいる場合

加害者がいる場合は、治療費、慰謝料、逸失利益、将来の介護費用等の請求があるため、交通事故や労災事故に詳しい弁護士に相談されることをお勧めします。

なぜなら、遷延性意識障害を患った場合、慰謝料や逸失利益について高額になることが予想されるため、当事者同士での話し合いで金額を決定し、示談するのは非常に困難だからです。

被害者の年齢にもよりますが、損害賠償の請求金額は、自賠責保険や自動車保険からの既払分を差し引いても、2億円〜3億円になることも珍しくなく、時には4億円を超えることもあり、裁判所で認定される金額も非常に高額なものとなっております。

そのため、遷延性意識障害を患った被害者のご家族については、交通事故や労災事故に詳しい弁護士に相談されることをおすすめします。

 

 

遷延性意識障害の後遺障害認定の特徴と注意点

遷延性意識障害の後遺障害等級について、交通事故の後遺障害等級表を参考にすると、「神経系統の機能に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」として、自動車損害賠償保障法施行令の別表第1の1級に該当します。

後遺障害診断書等の医療記録によって、遷延性意識障害であることを立証することで別表第1の1級に認定されます

遷延性意識障害の場合、自分で意思表示をすることができません。

したがって、賠償の請求や後遺障害申請にあたって、成年後見人を立てることを検討しなければなりません。

成年後見人は、本人の生活や医療・介護などのサポートをする人で、本人に代わって契約の締結や支払いなどを行うことができる人です。

もっとも、本人が未成年の場合には、親権者である親が代わりに後遺障害申請等の手続きを進めることができます

 

 

遷延性意識障害の慰謝料などの賠償金

以下では、遷延性意識障害となった場合に請求することができる主な損害項目を紹介します。

主な損害項目
  • 入通院慰謝料
  • 後遺障害慰謝料
  • 近親者固有の慰謝料
  • 逸失利益
  • 治療費
  • 休業損害
  • 将来治療費
  • 付添看護費
  • 将来介護費用
  • その他の介護関係費用
  • 介護用品やその他消耗品の費用
  • 成年後見人申立費用

 

入通院慰謝料

遷延性意識障害により、入院している場合には、入通院慰謝料を請求することができます。

入通院慰謝料は、入院期間によって算出します。

詳しくはこちらをご覧ください。

 

後遺障害慰謝料

症状固定時点で、遷延性意識障害と診断されている場合、自動車損害賠償保障法施行令の別表第1の1級に該当します。

別表第1の1級の場合、慰謝料の相場としては下表のようになります。

等級 自賠責基準 弁護士基準
1級 1650万円 2800万円

 

近親者固有の慰謝料

近親者固有の慰謝料とは、被害者とは別に、被害者の親、配偶者、子供が、慰謝料を相手方に請求することです。

判例上は、被害者が生命を害される場合に比肩するか、もしくは右の場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けた場合に近親者慰謝料請求を認めています(最判昭33年8月5日)。

参考判例:最判昭33年8月5日|最高裁ホームページ

さらに、植物状態については「植物状態の傷害について死亡した場合と対比して勝るとも劣らない」(東京地判昭58年9月26日)として両親の慰謝料請求を認めました。

実務的には、遷延性意識障害のような重度の後遺障害事案においては、近親者がこれから介護する必要があることを考慮して、近親者に被害者とは別に固有の慰謝料請求権を認めることが多いです。

 

逸失利益

逸失利益とは、後遺障害によって仕事ができず収入が減ってしまうことに対する補償です。

逸失利益は、以下の計算式で算出されます。

基礎収入 × 労働能力喪失率 × 喪失期間に対応するライプニッツ係数

基礎収入は、事故前年度の収入が参考にされます。

具体例 年収450万円、40歳の方が遷延性意識障害で1級に認定された場合

逸失利益は以下の金額になります。450万円 ✕ 100% ✕ 18.3270(27年のライプニッツ係数)
=8247万1500円

ライプニッツ係数は、中間利息を控除するための係数です。

なお、遷延性意識障害の場合、保険会社から被害者の生活費が不要になるので、生活費控除の主張をされることがありますが、鵜呑みにすることなく、弁護士に相談されることをお勧めします

逸失利益について詳しくはこちらをご覧ください。

 

治療費

事故発生から症状固定日までの治療費を請求することができます。

入院費用なども含めて請求することができます

 

休業損害

遷延性意識障害となれば働くことはできません。

事故日から症状固定日までの給料の補償を休業損害として請求することができます

休業損害について詳しくはこちらをご覧ください。

 

将来治療費

治療費は、症状固定時までしか認められないのが原則です。

もっとも、生命維持のために必要な場合などには将来治療費も請求できる場合があります

将来治療費を請求する場合、医師の見解等をふまえて、症状固定後においても継続して治療が必要であることを主張立証していく必要があります。

 

付添看護費

医師から被害者に付き添うよう指示があったような場合には、付添看護費用が認められます。

近親者の付添費用は、1日につき6500円です。

 

将来介護費用

将来の介護費用は、職業的な看護・介護者の付添人の場合は実費全額、近親者付添人は1日につき8,000円が目安となりますが、被害者の症状の程度等によって、金額は前後することになります。

将来介護費用は、以下の計算式で計算します。

1日あたりの金額 × 365日 × 平均余命の年数に対応するライプニッツ係数

 

その他の介護関係費用

自宅での介護が必要となる場合は、自宅の居室、玄関、廊下、ドア、浴室等について、介護用に改造することや介護リフトの設置も必要となる場合もあります。

これらの費用について、裁判例では、被害者の介護に必要かつ相当である場合に認められるが、家族の便益にも供される場合には、一定の減額がなされることがあるとしています(千葉地佐倉支判平成8年9月27日)。

また、車両の改造費については、必要かつ相当と認められる費用が耐用年数ごとの事故との相当因果関係のある費用については損害として認めています(千葉地佐倉支判平成8年9月27日)。

 

介護用品やその他消耗品の費用

介護用品やその他消耗品の費用として、自宅改造で設置したスロープ、介護ベッド、介護リフト、浴室リフト、シャワーキャリー等の各設置費用それらの保守管理費用、蘇生バッグ、痰吸引器、医療機器、空気清浄機、紙おむつ等があげられます。

これらについては、裁判例上、必要かつ相当と認定されれば、それらの購入費用又はレンタル費用が事故との相当因果関係のある費用として損害を認めています。

 

成年後見人申立費用

遷延性意識障害となれば、自分で意思決定をすることができないため、成年後見人を立てることを検討することになります。

成年後見人は、裁判所に申立をする必要があり、一定額の費用が必要になります。

こうした費用も必要かつ相当な範囲で請求することができます

 

 

賠償金の計算において余命を制限される?

交通事故で植物状態になった人の死亡率は、5年未満で66.3%、5年以上10年未満で21.8%、10年以上15年未満で8.3%、15年以上20年未満で3.0%、20年以上が0.4%という統計があります。

この統計からすれば、遷延性意識障害となった方は健康な方よりも余命が短いということになり、逸失利益も減額されるのではないかという問題があります。

実際、保険会社から、このことを根拠に逸失利益の減額を主張されることがあります。

しかし、遷延性意識障害の方も健康な人と同じくらい長生きされる方もいますし、今後の医学の発展により余命が伸びる可能性もあります。

したがって、保険会社からこうした主張がなされても鵜呑みにすることなく、しっかりと反論していくことが大切です。

 

 

遷延性意識障害で適切な賠償金を得る3つのポイント

遷延性意識障害で適切な賠償金を得る3つのポイント

適切な賠償金の金額を算定する

後遺障害として認定されたとしても、加害者側保険会社から提示される賠償額は、裁判所の基準を下回ることが多いです。

例えば、後遺障害等級別表第1の1級の場合、加害者側の保険会社が提示する後遺障害に関する金額(後遺障害慰謝料と逸失利益の合計)としては、自賠責基準の上限額の4000万円、あるいは保険会社の任意基準として、自賠責基準の上限額を少し上回る金額を提示してくる場合が多いです。

一方で、弁護士基準では、後遺障害等級別表第1の1級の場合、後遺障害慰謝料だけで2800万円となり、それに加えて逸失利益も請求できるため、加害者側の保険会社が提示から大幅に増額となる可能性があります。

加害者側の保険会社等から金額の提示があった場合には、適切な賠償金の金額を算定することをおすすめします

慰謝料等の計算について、詳しくはこちらをご覧ください。

 

加害者側が提示する示談内容は専門家に確認してもらう

加害者側の保険会社等が提示する示談内容は、慰謝料額の内容だけでなく、逸失利益(後遺障害が残らなければ将来得られるはずであった利益)や、将来の介護費用等の賠償金についても適切な金額でない場合が考えられます

また、一度サインして示談してしまうと、示談内容を取り消すことは非常に難しいため、焦ってサインしないことが重要です。

加害者側の保険会社等が示談内容を提示してきた場合には、専門家に相談されることをおすすめします。

 

後遺障害に詳しい専門の弁護士に早い段階で相談する

賠償額増額の可能性がある

加害者側の保険会社は、仮に後遺障害が認定されたとしても、自賠責基準に少し上乗せした程度の慰謝料額を提示してくることが多いです。

弁護士が介入した場合には、弁護士基準(最も高い基準)で賠償額を計算して交渉するため、賠償額の増額が期待できます

 

弁護士費用特約の活用

弁護士費用特約とは、交通事故に遭った場合に弁護士に依頼する際の費用を保険会社が被害者の方に代わって支払うという保険です。

つまり、被害者の方は、自己負担なく交通事故に対する対応を弁護士に依頼することができるのです(なお、保険金額には 300万円の上限金が定められていることがほとんどです。)。

弁護士費用特約は、自動車保険を契約している契約者本人(被保険者)のみだけではなく、家族や同乗者も使用することができますので、詳しい対象者はご加入の保険会社にご確認ください。

弁護士費用特約について、詳しくはこちらをご覧ください。

 

 

まとめ

  • 遷延性意識障害とは、交通事故などで意識を失い、外界からの刺激に全く反応しない状態に陥った後、呼吸活動や目の対光反射などだけが可能となり、外部との意思疎通が全くできない状態が長く続くことをいう。
  • 脳死とは、脳機能が停止している(脳幹部の機能停止)状態をいい、自力で呼吸することができなかったり、目の対光反射がない状態をいう。
  • 一度遷延性意識障害となると、意識を取り戻し、元の状態に戻ることは非常に難しい。
  • 遷延性意識障害は、交通事故や労災事故等によって、頭部に強い圧力が加わることによって、大脳の全面的、または広範囲が損傷することによって発症する。
  • 遷延性意識障害の後遺障害等級について、交通事故の後遺障害等級表を参考にすると、「神経系統の機能に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」として、自動車損害賠償保障法施行令の別表第1の1級に該当する。

当事務所には交通事故や労災等の事故案件に注力する弁護士で構成される人身障害部があり、お怪我で苦しむ方々を強力にサポートしています。

LINEやZoomを利用したオンライン相談などによる全国対応も行っていますので、遷延性意識障害による後遺症でお困りの方はお気軽にご相談ください。

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