事故の見積もりを高くしてもらうのはNG?適正な賠償額を解説

執筆者:弁護士 木曽賢也 (弁護士法人デイライト法律事務所 パートナー弁護士)

何の根拠もなく、修理工場等に交通事故の事故車の修理費用の見積もりを高くしてもらうことは、NGです。

事故に遭って修理を依頼する際、見積もりをとってもらう場面があるかと思います。

そのような場面で、不当に見積もり金額を高くしてもらうのは、特に悪質なものに関しては犯罪にあたる可能性があります。

本記事では、修理代を水増し請求すべきではない理由や適正な賠償額はどのように算定されるかについて、交通事故分野を多く扱う弁護士が解説いたします。

修理費用の見積もりを出してもらうことを考えている交通事故の被害者の方等は、ぜひ本記事を参考になさってください。

事故の見積もりを高くしてもらうのはNG?

増額に正当な理由もなく、修理費用を不当に増額することはNGです。

増額に正当な理由がある場合とは、例えば、最初の見積もりを出した後に、その時に発見されなかった傷が後から判明した場合などです。

逆に、増額に正当な理由がない場合は、以下のようなケースをいいます。

修理費用の増額に正当な理由がない場合
  • 事故とは関係のない箇所の修理(元々傷がついていた部分など)も依頼するような場合
  • 事故の傷を故意に叩いたりして傷を広げ、傷が広がった分も修理費用として加算する場合
  • 多く保険金をもらいたいという理由のみで、修理工場の担当者に頼んで見積書の金額を増額調整してもらう場合

増額に正当な理由がない場合に修理見積金額を増額させることを、水増し請求といいます。

水増し請求がいけない理由は、悪質な事案の場合は犯罪として検挙される可能性があるからです。

また、相手方が任意保険に加入しているケースでは、アジャスターという技術者が修理工場の担当者と協定をして修理費用を定めるので、水増ししたところで協定段階で却下されると考えられ、水増しの態様によってはその行動自体が無意味ともいえます。

 

 

事故の修理代を水増しすることのリスク

犯罪となる可能性がある

例えば、車の所有者と修理工場の担当者が結託して故意に修理費用を水増しした見積書を作成し、保険会社にその見積書を用いて金額を請求した場合、詐欺罪の共同正犯(刑法246条1項、60条)が成立する場合があります。

詐欺罪が成立する場合、10年以下の懲役に処せられる可能性があります。

刑法246条1項
(詐欺)
第二百四十六条 人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
刑法60条
(共同正犯)
第六十条 二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。

引用元:刑法|e−Gov法令検索

 

示談まで時間がかかる

水増し請求が発覚した場合は、その調査等に時間を要することになります。

また、ある部分について水増しが発覚すれば、他の請求している損害も慎重に調査されるかもしれません。

そうすると、示談までに余計に時間がかかり、賠償金の受領が遅れることが考えられます。

 

示談ができない可能性

水増し請求が発覚すれば、加害者の感情を逆なですることになると思います。

そうすると、加害者側が示談を拒否する可能性があります。

示談の可能性がなくなった場合、相手方から損害を回収するには、紛争処理センターや訴訟といった手続きをしなければいけなくなります。

 

 

事故で受け取れる適正な賠償額とは?

水増し請求をしないためにも、事故に遭った場合に適正な賠償額を理解しておくことが重要です。

車両損害についての基本的な考え方は以下のとおりです。

分損か全損か

車両損害については、分損か全損かによって適正な賠償額が変わります。

分損とは、修理費用が時価と買替諸費用の合計額を下回る場合をいいます。

分損の場合の適正な賠償額は、修理費用相当額となります。

分損の例
修理費用20万円、時価 + 買替諸費用が50万円
→この場合は修理費用の方が時価+買替諸費用の金額よりも低いので、分損となります。
そして、この場合の適正な賠償額は修理費用相当額なので、20万円です。

他方、全損とは、物理的もしくは経済的に修理が不能な場合をいいます。

すなわち、全損は、修理費用相当額が時価と買替諸費用の合計額を上回る場合をいいます。

全損の場合の適正な賠償額は、時価と買替諸費用の合計額となります。

全損の例
修理費用60万円、時価 + 買替諸費用が40万円
→この場合は修理費用の方が時価+買替諸費用の金額よりも高いので、全損となります。
そして、この場合の適正な賠償額は時価+買替諸費用の金額なので、40万円です。

 

ワンポイント解説!〜時価の交渉について〜

保険会社は、時価の算出について、「レッドブック」と呼ばれる中古車価格月報を参考にすることが多いです。

もっとも、法的には、時価は「中古車市場おいて取得しうるに要する価額」(最高裁昭和49年4月15日交民7巻2号275頁)と考えられていますので、レッドブックが絶対的な正解ではありません。

参考:最高裁昭和49年4月15日交民7巻2号275頁|最高裁ホームページ

例えば、インターネットの中古車市場の金額を参考にすることも可能です。

執筆者の経験上、レッドブックの価格よりもインターネットの中古車市場の金額の方が高いことが多く、後者の金額を前提に合意が成立するケースも多くあります。

保険会社から提示された時価の金額を鵜呑みにせず、交通事故に詳しい弁護士に相談するようにしてください。

 

適正な修理費用を算出する手順

適正な修理費用を算出する手順は、以下が一般的です。

  • 1
    被害者が車両を修理工場に入庫
  • 2
    加害者加入の保険会社の担当者(アジャスター)と修理工場の担当者が協定
  • 3
    修理費用の確定

まず、被害者が修理工場に被害車両をレッカーで搬送したり、自走で入庫させます。

その後は、事故報告を受けた加害者側保険会社の担当者(アジャスター)が修理工場の担当者と連絡を取り、立ち会いや写真データを送ってもらう方法によって損害を確認・調査します。

そして、修理工場の担当者とアジャスターで修理費用を協議して、最終的に金額を確定させます(この作業は一般的に「協定」と呼ばれています)。

 

ワンポイント解説!〜アジャスターについて〜

アジャスターとは、車の損害調査業務を行う職業のことをいいます。

アジャスターは、一般社団法人日本損害協会に加盟する保険会社から委嘱を受けて調査を行います。

具体的には、損害額の調査や事故の原因や状況の解明などを行ったりします。

アジャスターには、技術アジャスターと特殊車アジャスターの2種類があります。

  1. (1)技術アジャスター・・・車の損害額の調査、事故の原因の解明、事故の原因と損傷部位の因果関係の調査などを行ったりする者のことです。
  2. (2)特殊アジャスター・・・特殊車両(建設機械等の特殊な構造の車等)に関する、技術アジャスターと同様の業務を行える者のことです。

技術アジャスターには技能ランクがあり、見習、初級、3級、2級、1級の5ランクが存在しますが、現在では2級までの4ランクとなっています。

アジャスターは、実務上、適正な賠償額を算定する上で非常に重要な役割を果たしています。

 

ワンポイント解説!〜相手方が任意保険会社に加入していない場合〜

相手方が任意保険会社に加入していない場合は、通常、協定はされません。

そのため、修理費用の適正額をめぐって紛争になりやすいです。

ここで、ご自身の車両保険を使用するという方針も考えられますが、一つ大きなデメリットがあります。

それは、車両保険を使用すると、その後に保険料が増額されますが、その増額分は法的に加害者側に請求できない点です。

仮に、修理費用を一度被害者の方で立替払いして、後に加害者に請求する場合は、その請求を弁護士に依頼された方が無難です。

その他にも、相手方が任意保険会社に加入していない場合は被害者が苦労されることが多いと思いますので、弁護士に相談されることをオススメします。

 

板金加工と部品交換の判断

修理に関して、板金加工で足りるか、部品交換まで必要か問題になるケースがあります。

板金加工とは、損傷部分を裏側からハンマーで叩く等をして凹みを修正する修理方法のことをいいます。

他方、部品交換は損傷した部分の部品を他の部品に取り替える修理方法です。

基本的には、板金加工の方が部品交換よりも安く済むため、被害者側が部品交換を主張し、加害者側が板金加工で足りると主張するケースがあります。

賠償の判断としては、板金加工で足りるものは板金加工で、板金加工では物理的または経済的に修理が不可能である場合は部品交換が相当と考えられます。

例えば、損傷程度が大きく板金加工であれば安全性が確保できない場合や、板金加工だと多大な作業時間を要し部品交換代よりも修正工賃が上回る場合は、板金加工ではなく部品交換が適切だといえるでしょう。

 

部分塗装か全塗装か

部分塗装か全塗装かも問題になることがあります。

そもそも、塗装の目的は、車体の保護や美観の向上等にあるため、これらの目的を達成できる場合は原則部分塗装となると考えられます。

もっとも、部分塗装では上記目的を達成できない等の特段の事情がある場合には、全塗装分の費用が認められると考えるべきです。

判例 (1)部分塗装が妥当であると判断した裁判例 購入後、約2年が経過したキャデラックの事案(東京地裁平成7年2月14日交民28巻1号188頁)

【判示内容】

原告車が購入後二年近くを経過して、既に色褪せ等が生じていたためであることや、全塗装する場合に要する費用は、原告車の損傷のひどい後部の部分塗装の場合に要する費用の二倍以上にもなることなどの事情も併せて考慮すれば、本件において、原告車の全塗装を認めるのは、過大な費用をかけて原告車に原状回復以上の利益を得させることになることが明らかであり、修理方法として著しく妥当性を欠くものといわざるをえないから、部分塗装を前提とした修理費用をもつて本件事故と相当因果関係にある損害というべきである。
判例 (2)全塗装が妥当であると判断した裁判例 加害者車両のバッテリー液が飛散した事案(東京地裁平成元年7月11日交民22巻4号8825頁)

【判示内容】

本件事故によってバッテリー液が本件自動車の広範囲な部位にわたって飛散し、バッテリー液による塗装と下地の腐食を防ぐために補修塗装の必要があったにもかかわらず、どの範囲でバッテリー液が飛散したのか明確でなかったというのであるから、原告が、車体の保護等のため本件自動車に対する修理方法として全塗装を選択したことには合理性があるものというべきであり、原告が全塗装に要した費用五四万八〇〇〇円は本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

その他の損害について、詳しくはこちらをご覧ください。

 

 

事故の見積もりの知恵袋

事故の見積もりはいつ取ればよいの?

修理費用の見積もりは、事故が起きてからできるだけ早く取るようにしましょう。

理由としては、見積もりを取らずしばらく自走などを続けてしまうと、事故で生じた傷かどうかわからなくなってしまうことが予想されるためです。

また、物損の時効は3年ですので、時効にかからないよう早めに見積もりを取るべきでしょう。

 

修理見積もり費用は請求できる?

時価査定料や修理見積もり費用を損害として認定した裁判例があります(東京地裁平成14年8月30日交民35巻4号1193頁、大阪地裁平成16年2月13日交民37巻1号192頁等)。

執筆者の見解としても、特段の事情がない限り、修理見積もり費用は事故との相当因果関係がある損害として相手方に請求できると考えています。

 

事故で修理をしなくても保険金(賠償金)はもらえる?

修理をしなくても修理費用相当分の保険金を受領することは可能です。

修理するかどうかは車の所有者の自由ですので、例えば、修理をせずに保険金を受領して、新たな車両購入代金に充てるなどをすることもできます。

ただし、修理しない場合も、保険金を受領するためには修理見積書等の金額を示す資料を用意する必要があります。

ワンポイント解説!〜修理しない場合の消費税〜

執筆者の経験上、修理しない場合には修理費用の消費税分は損害として認められないと相手方保険会社が主張してくることがあります。

もっとも裁判例で、修理をしなくても修理費用の消費税は損害として認められると判示されています(東京地方裁判所平成29年月27日交民50巻6号1641頁)。

したがって、相手方保険会社から消費税を控除するというような主張をされても、消費税について粘り強く交渉すべきです。

判例 東京地方裁判所平成29年3月27日交民50巻6号1641頁

(判示)
・・・なお、修理費用については、被害者が修理する場合に要する費用が損害となるから、反訴原告が現に反訴原告車両を修理していないとしても、消費税を控除する理由はない。・・・

 

事故の見積もりが安いと感じたらどうすればいい?

見積もりが安いと感じられた場合は、他の修理工場でも見積もりを出してもらうという方法が考えられます。

何をもって安いと感じるかは難しい問題ですが、ご不安に思われている方は相見積もりをしてもらうべきでしょう。

 

最初に出された見積書の金額より低い金額に修正されていたのですが、こんなことあるんですか?

上記でも説明したとおり、適正金額を決めるために、アジャスターと修理工場の担当者と協定という作業を行います。

その結果として、最初に出した見積書の金額が修正され、当初よりも低い金額で協定されることもあり得ます。

 

車以外の損害物についても修理費用の見積もりを取るべき?

車以外の損害物、例えば、携帯や腕時計といった携行品についての損害賠償についても、修理費用か時価のどちらか低い方が賠償の基準になります。

よって、破損具合が軽微かつ年数がそこまで経っていない物の場合は修理費用が損害の限度になる可能性があり、念の為、修理費用の見積もりを取ってもらうべきでしょう。

 

 

まとめ

  • 増額に正当な理由もなく、修理費用を不当に増額することはNG。
  • 事故の修理代を水増しすることのリスクとしては、①犯罪となる可能性がある、②示談まで時間がかかる、③示談ができない可能性などが挙げられる。
  • 事故で受け取れる適正な賠償額は、多くのケースで修理工場の担当者と保険会社のアジャスターが行う協定を通じて確定される。
  • 事故の見積もりはできるだけ早く作成してもらうようにする。
  • 修理見積もり費用は原則請求できる。
  • 修理をしなくても修理費用相当分の保険金を受領することは可能。
  • 見積もりが安いと感じられた場合は、他の修理工場にも見積もりを出してもらう。
  • 協定の結果、最初の見積もりよりも低い金額が適正金額となるケースもある。
  • 破損具合が軽微かつ年数がそこまで経っていない物の携行品損害については、修理費用の見積もりも念の為取っておく。

修理見積もり費用等で加害者側とトラブルになり、示談交渉がうまく進まない方は交通事故に詳しい弁護士に依頼することが一番です。

交通事故に詳しい弁護士であれば、鑑定会社等と協力し、裁判例等を踏まえて適切な交渉がなされることが期待できます。

デイライト法律事務所は、交通事故に特化した専門チームがあり、物損の解決実績も多くあります。

修理見積もり等でお悩みの方は、ぜひ一度当事務所にご相談ください。

 

 

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