逸失利益の自賠責基準とは?

執筆者:弁護士 宮崎晃 (弁護士法人デイライト法律事務所 代表弁護士)

弁護士の回答

交通事故に遭うと、後遺症が残ってしまう場合があります。

後遺症が残ると、労働能力が低下し、将来の収入の減少が予想されます。

この減収に対する補償のことを逸失利益といいます。

逸失利益の計算には、①裁判基準、②任意保険基準、③自賠責基準があり、自賠責保険から支払われる逸失利益の水準を自賠責基準といいます。

 

自賠責基準とは?

自賠責基準とは、交通事故の場合に自賠責保険が賠償金を計算する場合の基準をいいます。

加害者である運転手が無保険で、かつ、支払い能力がない場合、被害者は全く補償を受けることができなくなります。

そこで、被害者が最低限の補償を受けることができるよう自賠責保険という制度があります。

すなわち、自賠責保険は、強制加入の保険であり、加入せずに運転すると刑事罰が科されます。

そのため、自動車を運転するほとんどが自賠責保険に加入しています。

また、万一、加害者が自賠責に加入していない場合でも、被害者は政府の保障事業に請求可能なため、交通事故の被害者は最低限の補償を受けることが可能です。

このように自賠責基準は、交通事故被害者のセーフティネットとしての役割を果たしています。

 

 

特徴

逸失利益についての自賠責基準は、次の2点の特徴があります。

  • 有職者の場合は基礎収入について固定値(決まった額)が定めてあるので、実収入がこれよりも低い場合、固定値の方を基準にできる
  • 支払の上限額がある

通常、自賠責基準は最低限の補償のため、最も賠償額が低くなる傾向にあります。

しかし、逸失利益については、上記の特徴があるため、収入が少ない方の場合、裁判基準よりも高くなる可能性もあります。

 

 

自賠責基準の計算式

逸失利益の自賠責基準は、以下の計算式で算定されます。

計算式

基礎収入 × 労働能力喪失率 × 喪失期間に対応するライプニッツ係数

なお、この計算式自体は、裁判基準と同じです。

しかし、基礎収入の考え方が以下のとおり、裁判基準とは異なります。

 

 

基礎収入の考え方

自賠責基準は、被害者を次の3つに分類します。

  1. 有職者
  2. 幼児・児童・生徒・学生・家事従事者
  3. その他働く意思と能力を有する者

そして、さらに1有職者について、次の5つに分類しています。

  1. 35歳以上で、事故前1年間の収入額を立証可能な場合
  2. 35歳以上で、事故前1年間の収入額を立証困難な場合
  3. 35歳未満で、事故前1年間の収入額を立証可能な場合
  4. 35歳未満で、事故前1年間の収入額を立証困難な場合
  5. 退職後1年を経過していない失業者(定年退職者等を除く)の場合

※年齢は後遺障害が確定したときの年齢

まとめると、下表のとおり、基礎収入の考え方は7パターンとなります。

基礎収入の考え方【7パターン】
有職者 35歳以上 収入額が立証可能
収入額が立証困難
35歳未満 収入額が立証可能
収入額が立証困難
退職後1年を経過していない失業者(定年退職者等を除く)
幼児・児童・生徒・学生・家事従事者
その他働く意思と能力を有する者

根拠:自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準|損害保険料率算出機構

以下、それぞれのパターン別に、具体的な金額を解説します。

①有職者・35歳以上・収入額が立証可能

このパターンに該当する方の基礎収入は、原則として以下の2つを比べて最も高い額となります。

  • 事故前1年間の実収入
  • 年齢別平均給与額(下の表1の金額)

【表1】

年齢 男性 女性
35 473万5200円 362万5200円
36 483万6000円 365万7600円
37 493万6800円 369万0000円
38 502万5600円 372万1200円
39 511万4400円 375万1200円
40 520万2000円 378万1200円
41 529万0800円 381万2400円
42 537万9600円 384万2400円
43 544万9200円 387万2400円
44 552万0000円 388万8000円
45 559万0800円 388万8000円
46 566万0400円 390万3600円
47 573万1200円 391万8000円
48 576万4800円 391万9200円
49 579万9600円 392万1600円
50 583万3200円 392万2800円
51 586万8000円 392万5200円
52 590万2800円 392万6400円
53 588万1200円 391万0800円
54 586万0800円 389万5200円
55 583万9200円 387万9600円
56 581万7600円 386万4000円
57 579万7200円 384万8400円
58 549万6000円 371万0400円
59 519万4800円 357万2400円
60 489万3600円 343万5600円
61 459万2400円 329万7600円
62 429万1200円 315万9600円
63 414万0000円 308万8800円
64 398万7600円 301万9200円
65 383万6400円 294万8400円
66 368万4000円 287万7600円
67 353万1600円 280万6800円
68 350万7600円 281万2800円
69 348万2400円 281万7600円
70 345万8400円 282万2400円
71 343万3200円 282万7200円
72 340万9200円 283万3200円
73〜 338万4000円 283万8000円

根拠:自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準|損害保険料率算出機構

※上記表の金額は、支払基準の数値(月額)を12倍し、年収に換算したものである。

シミュレーション

例えば、47歳の男性で、年収が500万円の場合

実収入:500万円年齢別平均給与額(47歳):573万1200円


したがって、最も高額な573万1200円が基礎収入となります。

 

②有職者・35歳以上・収入額が立証困難

このパターンに該当する方の基礎収入は、原則として年齢別平均給与額(上記の表1の金額)となります。

根拠:自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準|損害保険料率算出機構

シミュレーション

例えば、47歳の男性の場合

年齢別平均給与額(47歳):573万1200円


したがって、573万1200円が基礎収入となります。

 

③有職者・35歳未満・収入額が立証可能

このパターンに該当する方の基礎収入は、原則として以下の3つで比べて最も高い額となります。

  • 事故前1年間の実収入
  • 全年齢平均給与額の年相当額(下表の金額)
男性 女性
490万9200円 350万0800円
  • 年齢別平均給与額(下記の表2の金額)

【表2】

年齢 男性 女性
18 231万8400円 205万3200円
19 253万6800円 226万5600円
20 275万5200円 247万8000円
21 297万4800円 269万0400円
22 319万3200円 290万2800円
23 332万5200円 299万5200円
24 345万6000円 308万6400円
25 358万6800円 317万8800円
26 371万7600円 327万1200円
27 384万8400円 336万3600円
28 396万6000円 339万6000円
29 408万2400円 342万8400円
30 420万0000円 346万0800円
31 431万6400円 349万4400円
32 443万4000円 352万6800円
33 453万4800円 355万9200円
34 463万5600円 359万1600円

根拠:自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準|損害保険料率算出機構

※上記表の金額は、支払基準の数値(月額)を12倍し、年収に換算したものである。

シミュレーション

例えば、33歳の女性で、年収が400万円の場合

実収入:400万円
全年齢平均給与額(女性):350万0800円
年齢別平均給与額(33歳):355万9200円


したがって、最も高額な400万円が基礎収入となります。

 

④有職者・35歳未満・収入額が立証困難

このパターンに該当する方の基礎収入は、原則として以下の2つを比べて最も高い額となります。

  • 全年齢平均給与額の年相当額(下表の金額)
男性 女性
490万9200円 350万0800円
  • 年齢別平均給与額(上記の表2の金額)

根拠:自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準|損害保険料率算出機構

シミュレーション

例えば、33歳の女性の場合

全年齢平均給与額(女性):350万0800円年齢別平均給与額(33歳):355万9200円


したがって、最も高額な355万9200円が基礎収入となります。

 

⑤退職後1年を経過していない失業者(定年退職者等を除く)

このパターンに該当する方の基礎収入は、原則として上記の①から④に準じてあてはめます

ただし、実収入は、「退職前の1年間の実収入」となります。

根拠:自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準|損害保険料率算出機構

シミュレーション

例えば、33歳の女性で、年収が400万円だったが、失業して1年未満の場合

実収入:400万円
全年齢平均給与額(女性):350万0800円
年齢別平均給与額(33歳):355万9200円


したがって、最も高額な400万円が基礎収入となります。

 

⑥幼児・児童・生徒・学生・家事従事者

このパターンに該当する方の基礎収入は、基本的には全年齢平均給与額(下表)となります。

男性 女性
490万9200円 350万0800円

ただし、59歳以上で年齢別平均給与額が全年齢平均給与額を下回る場合は、年齢別平均給与額(上記の表1)となります。

根拠:自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準|損害保険料率算出機構

シミュレーション

例えば、63歳の女性で、家事に従事している場合

全年齢平均給与額(女性):330万1200円 > 年齢別平均給与額(63歳):283万6800円


したがって、283万6800円が基礎収入となります。

 

⑦その他働く意思と能力を有する者

このパターンに該当する方の基礎収入は、基本的には年齢別平均給与額(上記の表1または表2)となります。

ただし、下表の全年齢平均給与額が上限となります。

男性 女性
490万9200円 350万0800円

根拠:自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準|損害保険料率算出機構

シミュレーション

例えば、55歳の男性で、失業して1年を経過している場合

全年齢平均給与額(男性):490万9200円 > 年齢別平均給与額(55歳):583万9200円


したがって、上限である490万9200円が基礎収入となります。

 

 

労働能力喪失率

上記で基礎収入を算出したら、次に労働能力喪失率を調べます。

労働能力喪失率とは、その後遺障害がどの程度、本来の能力を失わせることになるかというもので、パーセントで表されます。

交通事故にあう前の状態を100%とした場合に、どの程度パフォーマンスが落ちるのかというのが労働能力喪失率ということになります。

これについては、認定された後遺障害の等級に応じて、一応の喪失率の目安が決まっています。

労働能力喪失率は、下表3のとおりです。

【表3】

後遺障害等級 労働能力喪失率
1級 100%
2級 100%
3級 100%
4級 92%
5級 79%
6級 67%
7級 56%
8級 45%
9級 35%
10級 27%
11級 20%
12級 14%
13級 9%
14級 5%

参照:別表Ⅰ 労働能力喪失率表|労働省労働基準局長通達(昭和32年7月2日基発第551号)

 

 

ライプニッツ係数

最後に、労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数を調べます。

「労働能力喪失期間」とは、上記の労働能力の喪失が続く期間のことを言います。

基本的には、症状固定日を始期として、67歳(交通事故の実務では就労可能な年齢の基準になると考えられています。)までの期間が労働能力喪失期間です。

労働能力喪失期間  労働能力喪失期間 = 67歳 − 症状固定日の年齢

具体例①

例えば、25歳のときに交通事故に遭い、26歳のときに症状固定した場合、労働能力喪失期間は41年間となります。

【計算式】67 − 26 = 41

ライプニッツ係数とは、中間利息控除を行うための係数です。

上記の労働能力喪失期間に対応したライプニッツ係数は下表4のとおりです。

上記の41年間の場合、ライプニッツ係数は23.4124となります。

【表4】

労働能力
喪失期間
(年)
係 数 労働能力
喪失期間
(年)
係 数
1 0.9709 44 24.2543
2 1.9135 45 24.5187
3 2.8286 46 24.7754
4 3.7171 47 25.0247
5 4.5797 48 25.2667
6 5.4172 49 25.5017
7 6.2303 50 25.7298
8 7.0197 51 25.9512
9 7.7861 52 26.1662
10 8.5302 53 26.3750
11 9.2526 54 26.5777
12 9.9540 55 26.7744
13 10.6350 56 26.9655
14 11.2961 57 27.1509
15 11.9379 58 27.3310
16 12.5611 59 27.5058
17 13.1661 60 27.6756
18 13.7535 61 27.8404
19 14.3238 62 28.0003
20 14.8775 63 28.1557
21 15.4150 64 28.3065
22 15.9369 65 28.4529
23 16.4436 66 28.5950
24 16.9355 67 28.7330
25 17.4131 68 28.8670
26 17.8768 69 28.9971
27 18.3270 70 29.1234
28 18.7641 71 29.2460
29 19.1885 72 29.3651
30 19.6004 73 29.4807
31 20.0004 74 29.5929
32 20.3888 75 29.7018
33 20.7658 76 29.8076
34 21.1318 77 29.9103
35 21.4872 78 30.0100
36 21.8323 79 30.1068
37 22.1672 80 30.2008
38 22.4925 81 30.2920
39 22.8082 82 30.3806
40 23.1148 83 30.4666
41 23.4124 84 30.5501
42 23.7014 85 30.6312
43 23.9819 86 30.7099

上記は、基本的な場合についての解説です。

18歳未満の方や、高齢者の方の場合は例外的な扱いが必要となります。

 

中間利息について

上記について、なぜ中間利息を控除するのか、疑問を持たれる方もいらっしゃるかと思いますので、わかりやすく解説いたします。

中間利息とは、支払期限が到来していない賠償金の現在価値を算定するために、賠償金から控除すべき支払期日までの利息をいいます。

なぜ、中間利息を交通事故の賠償金の計算において、考慮しなければならいのか、具体例を上げて説明します。

例:年収1000万円の会社員の方が57歳で事故に会い、11級の後遺障害(労働能力喪失率は20%・表3)に認定され、10年間労働能力が喪失した場合

逸失利益において、中間利息をまったく考慮しない場合、この方が請求できる逸失利益は以下の計算式から2000万円となります。

基礎収入1000万円 × 労働能力喪失率20% × 労働能力喪失期間10年間 = 2000万円

年収1000万円の方が労働能力が20パーセント喪失し、その期間が10年間続く場合、2000万円を受け取ることは当然のように思えます。

しかし、10年間にわたって2000万円を分割払いで受け取るのではなく、現時点で10年分を一括して受け取るのは経済的な価値が異なります。

例えば、今すぐ2000万円を受け取れば、それを元手に何らかのビジネスを始めることができるかもしれません。

ビジネスは難しくても、投資は可能です。

投資に興味がない人でも、定期預金に預けることで多少の利息をもらうことが可能です。

不動産などの頭金に使えば、住宅ローンの利息を減らすことができるかもしれません。

このように考えれば、同じ2000万円の債権でも「10年間の分割払い」と「今すぐ一括払い」は、当然後者のほうが経済的価値が大きいことが明らかです。

「本来は10年間の分割払いでいいのだから、今すぐ支払う代わりに多少の減額をすべきである」という考え方からその「多少の減額分」を中間利息として控除するのです。

そして、この中間利息を控除した係数をライプニッツ係数と考えてもらえばよいでしょう※。

※中間利息の控除にもいくつかの見解がありますが、交通事故の実務ではライプニッツ係数を使うことが一般です。

 

 

計算式に当てはめる

最後に、これまで調べた数値を下記の計算式に当てはめて計算します。

計算式

後遺障害逸失利益 = 基礎収入 × 労働能力喪失率 × 喪失期間に対応するライプニッツ係数

先ほどの具体例①をもとに計算してみます。

具体例③

男性が25歳のときに交通事故に遭い、26歳のときに症状固定
後遺障害等級11級
有職者だが、年収の証明が困難な場合


【基礎収入】

この方の場合、全年齢平均の方が高額となるため、基礎収入は490万9200円となります。

全年齢平均給与額(男性):490万9200円 > 年齢別平均給与額(25歳):358万6800円

【労働能力喪失率】

20%

【ライプニッツ係数】

労働能力喪失期間が41年間となるため、ライプニッツ係数は23.4124となります。


【計算式】

490万9200円 × 20% × 23.4124 = 2298万7231円

以上から、この例のケースでは、2298万7231円が逸失利益となります。

 

 

上限に注意

自賠責保険は、あくまで最低限の補償のためのものです。

したがって、支払の上限額が設定されています。

後遺障害の等級に対応して、下の表5が上限額となります。

また、この上限額は、逸失利益だけでなく、慰謝料やその他の損害額を合わせた上限となります。

【表5】自賠責保険の上限額 (  )は被扶養者がいる場合
等級 慰謝料の額 上限額(逸失利益との合計額)
要介護1級 1650万円
(1850万円)
4000万円
要介護2級 1203万円
(1373万円)
3000万円
1級 1150万円
(1350万円)
3000万円
2級 998万円
(1168万円)
2590万円
3級 861万円
(1105万円)
2219万円
4級 737万円 1889万円
5級 618万円 1574万円
6級 512万円 1296万円
7級 419万円 1051万円
8級 331万円 819万円
9級 249万円 616万円
10級 190万円 461万円
11級 136万円 331万円
12級 94万円 224万円
13級 57万円 139万円
14級 32万円 75万円

慰謝料の根拠:自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準|損害保険料率算出機構

上限額の根拠:自動車損害賠償保障法施行令第2条及び別表第1及び別表第2|電子政府の窓口

上記の具体例③の場合、等級が11級ですので、上限額は331万円となります。

そのため、2298万7231円ではなく、331万円が自賠責基準となります。

また、この額は慰謝料の136万円が含まれています。

そのため、逸失利益としては実質195万円(331万円 − 136万円)の支払となります。

 

 

まとめ

以上、逸失利益の自賠責基準について、具体的な内容、計算方法、上限額等について、詳しく解説しましたがいかがだったでしょうか。

逸失利益には、自賠責基準のほかに、裁判基準と任意保険基準があり、被害者の方は、裁判基準によって算出した適切な金額を受け取る法的な権利があります

自賠責基準は、通常は最低限の補償であり、請求するメリットが有る場合の選択肢の一つとして位置づけるほうが良いでしょう。

逸失利益やその他の賠償金については、適正額を知るために、できるだけ交通事故の専門家に相談することをお勧めいたします。

専門性が高い弁護士であれば、逸失利益を含めた賠償金全般について、適切な額をアドバイスしてくれるでしょう。

この記事が交通事故に遭われた方にとって、お役に立てば幸いです。

 

 

逸失利益


 
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