貸金債権を遺産分割できますか?【弁護士が解説】

弁護士法人デイライト法律事務所 代表弁護士保有資格 / 弁護士・税理士・MBA

弁護士の回答

貸金債権が当然には遺産分割の対象にならないとしても、相続人全員が納得して合意すれば、遺産分割の対象とすることはできると考えます。

 

貸金債権の遺産分割について

私は福岡市博多区に住む者です。

先日、夫が亡くなりました。相続人は、妻である私A(55歳)のほか、長男B(21歳・大学生)、長女C(20歳・専門学校生)の3人です。

夫の遺産は、以下のとおりです。

  • 預貯金:1000万円
  • 現金:100万円

上記のほか、夫は5年前に知人であるYさんに300万円を貸していました。

Yさんは事業を営んでおり、事業を始めるときに頼まれて、現金を渡したと聞いています。

また、毎月1万円ずつ返済を受けていたと聞いています。

仮にきちんと返済してもらっていれば、現在の残高は240万円あることになります。

返済総額:1万円 ✕ 5年間(60カ月)= 60万円
貸付残高:300万円 − 60万円 = 240万円

家族で話し合い、預貯金や現金については法定相続分どおりで分けようということになりましたが、Yさんに貸しているお金はどうなるのでしょうか?

できれば、お金は返してもらいたいと思っていますが、子どもたちはまだ学生ですし、返済を求めていくようなことに巻き込みたくありません。

 

 

貸しているお金(貸金債権)が遺産分割の対象となるか?

遺産分割前の遺産の性質について、最高裁は、民法249条以下に規定されている「共有」とする見解をとっています(最判昭30.5.31)。

この判例からすれば、被相続人(亡夫)の貸金債権は、給付が可分である以上(このような債権のことを「可分債権」といいます。)、相続開始時(夫の死亡時)に当然分割され、各相続人に法定相続分に応じて帰属することになるため、遺産分割の対象にならないと考えられます(最判昭29.4.8)。

この立場によると、本件貸金債権については、Aさんが2分の1、Bさん及びCさんがそれぞれ4分の1ずつ貸金債権を承継することとなります。

【最判平成28年12月19日の影響】

ところが、近時、従来の立場に影響を与える判例が最高裁から出されました。
この平成28年の判決は、預貯金(普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権)について、従来、可分債権であることを理由に遺産分割の対象とはならないとしていた判例を変更し、「遺産分割の対象となる」と判示しました。
この判例が出たため、現在、預貯金以外の可分債権一般(貸金債権や損害賠償請求権など)について、どのように考えるべきかが問題となっています。

 

判例:最判平成28年12月19日

「預貯金一般の性格等を踏まえつつ以上のような各種預貯金債権の内容及び性質をみると、共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。」

引用元:裁判所|裁判例検索

この問題について、可分債権一般についても、遺産分割の対象となるという見解(肯定説)と、従来どおり遺産分割の対象にならないという見解(否定説)が対立しています。否定説の根拠としては、額面額をもって実価(評価額)とみることができない可分債権を算定の基礎に入れることは、遺産分割審判の複雑化・長期化を招くというものです。

このように、貸金債権が遺産分割の対象となるか否かについて、法律に明確に規定されているわけではありません。また、学説の中でも見解が分かれている状況です。

 

 

貸金債権を遺産分割の対象とする合意はできる?

しかし、現実問題として、本件事案で、相続人全員がそれぞれの立場で、貸金債権をYさんに主張し、法定相続分の割合に応じて返済を受けていくというのは煩雑です。

また、Bさん、Cさんは成人しているとはいえ、社会人になっておらず、貸金債権の承継を望まない可能性もあります。

このような場合、遺産分割の対象に含めると合意する方法を取ることは可能と考えられます。

すなわち、理論上、可分債権が当然には遺産分割の対象にならないとしても、相続人全員が納得して合意すれば、遺産分割の対象とすることはできます。

家裁実務においても、可分債権について、合意によって遺産分割の対象となると判断した例もあります(東京家審昭47.11.15など。)。

もっとも、合意については、後々トラブルとならないように、遺産分割書に記載すべきです。

 

判例:東京家審昭47.11.15

銀行預金等の金銭債権については、相続開始とともに当然分割され、遺産分割の対象にならないのではないかという疑問もあるけれども、分割の効果を第三者に主張するためには対抗要件を具備することの必要性もあるとしても、共同相続人間の内部的な合意により債権をも分割の対象とし、しかも債権を含めて分割を行なうことが相続人間の具体的衡平の実現を可能ならしめる場合には、遺産分割審判の対象となしうるものと解すべきである。
本件遺産分割において、調停審判の全経緯を通じ預金債権を分割の対象とすることに当事者間に異議がなく、しかも預金債権の一部は遺産の代替物であり、これを含めることによってのみが遺産全体の総合的配分の衡平を図り、もつて当事者間の紛争を終らせることが可能になると考えられるので、預金債権を本件遺産分割の対象となしうるものと判断する。

 

 

貸金債権の遺産分割協議書の記載例

では、具体的に、どのような遺産分割協議書を作成すればよいのか、以下では今回のケースの例を示します。

【貸金債権の遺産分割協議書】

第◯条 貸金債権及び現金についての確認
相続人A、B及びCは、次の債権及び現金100万円が被相続人の遺産であることを確認する。
①貸付年月日 ◯年◯月◯日
②貸付金額  300万円(相続時の貸付残高は240万円)
③債務者   Y(住所◯◯◯◯)
④返済期限及び方法  ◯年◯月から◯年◯月までの間、毎月末日限り1万円を被相続人方に持参して支払う。

第◯条 貸金債権について
1 Aは、前条の貸金債権を取得する。
2 B及びCは、前条の貸金債権に対する準共有持分4分の1を相続人Aに譲渡した旨通知する。

第◯条 現金について
Bは、前◯条の現金100万円を取得する。

第◯条 預貯金について
1 次の預貯金はAが取得する。
◯◯銀行 ○○支店 普通 口座番号◯◯◯◯  1000万円(相続開始日の残高)
2 Aは、前項記載の預貯金を取得する代償として、各相続人に次の価額の債務を負担することとし、それぞれの指定する口座に◯年◯月◯日限り、振り込む方法により支払うものとする。振込手数料はAの負担とする。
Bに対し、金235万円
Cに対し、金335万円

 

なお、当事務所は遺産分割協議書のサンプルをホームページ上に公開しており、無料で閲覧・ダウンロードが可能です。

遺産分割協議書の雛形・書き方はこちらのページをご覧ください。

 

サンプルの遺産分割協議書のポイント

法定相続分を算出する

本事案では、遺産の合計額が1340万円となります。

内訳
  • 預貯金:1000万円
  • 現金:100万円
  • 貸金債権:240万円

そうすると、法定相続分は、妻のAさんが670万円、長男Bさんと長女Cさんは335万円となります。

A 1340万円 ✕ 1/2=670万円
B 1340万円 ✕ 1/4=335万円
C 1340万円 ✕ 1/4=335万円

法定相続分についての詳しくはこちらのページをご覧ください。

※注意点
上記のとおり、貸金債権については、その残高である240万円を遺産として評価しています。
しかし、相手方であるYさんの信用度(確実な返済の見込み)や返済期間(短期間か長期間か)、利息の有無や程度等の諸事情を考慮して、評価を下げるということも考えられます。
なぜならば、貸金債権は、預貯金や現金とは経済的な価値が異なるからです。

 

代償分割について

本件事案では、法定相続分どおりに分割する場合、それぞれが受け取るべき預貯金は、Aさん500万円、Bさん250万円、Cさん250万円です。

ところが、例では、まずAさんが預貯金の全額1000万円を取得し、その代りに、Bさんに235万円、Cさんに335万円を支払うという内容にしています。

このような記載内容にしているのは、手続の円滑化のためです。

すなわち、相続人間の話合いで、銀行預金を分割すると、遺産分割協議書だけでなく、金融機関の所定の書類にも、AからCさん全員の署名捺印を求められるのが一般的です。

そのため、大変な手間暇を要することとなります。

そこで、Aさんに預貯金を集中して相続させ、そのかわりにBさんとCさんに代償金を支払うという分割協議にしています。

 

 

貸金債権の遺産分割協議の問題点

遺産に貸金債権があるケースの遺産分割協議には、以下のような問題点が考えられます。

貸金債権を特定するのが困難?

上記の事案は、貸金債権の内容(債務者、貸付額、貸付日、返済額)について、特定できている前提で解説しています。

しかし、相続実務において、貸金債権が当初から特定できていることは稀です。

借用証がないケースも多く、そのような事案では、債権の内容について調査しなければならず、相続問題に詳しい弁護士でなければ特定が難しいケースが多くあります。

 

相手方が返済しない可能性も?

本件では、債務者であるYさんがこれまできちんと返済しており、かつ、今後も返済してくれることを前提として解説しています。

しかし、実務においては、返済が滞っていたりするケースがあります。

そのような場合、遺産分割協議だけではなく、債権回収についても弁護士にご依頼されることが多くあります。

 

債権譲渡の通知が必要?

本件では、Yさんに対する債権は指名債権です。

そのため、相続人間における遺産分割による債権の移転は、意思表示による持分の移転と解される可能性がありますので、対抗要件を具備するために、債権譲渡の通知をYさんに通知する旨条項に記載することがポイントとなります(民法467条)。

【民法467条】 指名債権の譲渡の対抗要件

1 指名債権の譲渡は、譲渡人が債務者に通知をし、又は債務者が承諾をしなければ、債務者その他の第三者に対抗することができない。

2 前項の通知又は承諾は、確定日付のある証書によってしなければ、債務者以外の第三者に対抗することができない。

 

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