公正証書遺言の内容を相続人に通知すべきか?弁護士が解説


弁護士法人デイライト法律事務所 代表弁護士保有資格 / 弁護士・税理士・MBA

公正証書遺言について遺言執行者が指定・選任されている場合、遺言執行者には公正証書遺言の内容を相続人に通知すべき法律上の義務があります。

この記事では、公正証書遺言の内容を相続人に通知すべきかどうか、通知しなかった場合にどうなるのか、公正証書遺言の作成や執行をめぐるトラブルを防止するためのポイントは何か、といった点について、相続問題にくわしい弁護士がわかりやすく解説します。

公正証書遺言とは

公正証書遺言とは、公証人(法務大臣から任命されて文書の存在や内容などを証明する公務を行う法律の専門家です。)が、遺言者(遺言を残す人のことです。)の意思にしたがって作成する遺言のことで、公文書としての性質をもちます。

公正証書遺言は公証人によって作成された後、公証役場で保管されることとなるため、無効となるリスクや書き換えのリスク、紛失のリスクなどが低く、確実性の高い遺言であるということができます。

公正証書遺言について詳しくはこちらをご覧ください。

 

公証役場は遺言内容を通知しない

遺言の効力は遺言者が亡くなったときから発生しますが、その際に公証役場が相続人に対して公正証書遺言の存在や内容を通知することはありません

公正役場の役割は、公正証書遺言を作成して保管することのみであり、相続人に対して遺言内容を通知することはその役割の範囲外だからです。

 

 

公正証書遺言の内容を通知すべき?

法律上通知義務があるケース

遺言執行者(ゆいごんしっこうしゃ)が指定・選任されている場合、遺言執行者は、公正証書遺言の内容を通知すべき法律上の義務を負います

遺言執行者とは、遺言者の意思を実現するために、遺言の内容にしたがってさまざまな相続手続きを行う人のことをいいます。

遺言執行者は必ず指定・選任されていなければならないものではなく、基本的には遺言執行者がいなくても相続手続きを行うことができます(遺言執行者がいなければ行うことができない一部の手続きを除きます)。

遺言執行者が指定・選任された場合、遺言執行者は任務の開始時に遅滞なく、遺言書の内容を相続人に通知しなければなりません

根拠条文

民法1007条
1 遺言執行者が就職を承諾したときは、直ちにその任務を行わなければならない。
2 遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない。

引用元:民法 | e-Gov法令検索

 

遺言執行者が指定・選任される場合とは

遺言執行者が指定・選任される場合は大きく2つあり、①遺言者が遺言によって指定する場合(遺言書で第三者に遺言執行者の指定を委託する場合を含みます。)と②利害関係者の請求によって家庭裁判所が選任する場合があります。

いずれの場合であっても、遺言執行者には遺言の内容を相続人に通知しなければならないという法律上の義務があります。

①遺言者が遺言によって指定する場合

遺言者は、遺言によって遺言執行者を指定することができます(第三者に遺言執行者を指定してもらうよう依頼することもできます)。

未成年者と破産者以外の者であれば、誰でも遺言執行者になることができます。

遺言執行者に指定された人は、遺言執行者になるかどうかを自由に決めることができ、就任を拒否することもできます。

遺言執行者に就任する場合には、相続人に対し、遺言執行者に就任した事実とともに遺言の内容を通知することとなります。

具体的には、「就任(就職)通知書」を作成し、あわせて遺言書の写し(コピー)を添付する方法で行うのが一般的です。

②家庭裁判所が選任する場合

遺言者が遺言執行者を指定していない場合や、遺言者によって遺言執行者に指定された人が就任を拒否した場合には、利害関係人(相続人など)が家庭裁判所に対して遺言執行者の選任を申し立てることができます

家庭裁判所は、遺言執行者の候補者について就任の意思があるかどうかや遺言執行者になれる者であるかどうか等を確認したうえで、遺言執行者を選任します。

遺言執行者に選任された人は、①遺言者が遺言によって指定する場合と同様に、相続人に対して「就任(就職)通知書」とともに遺言書の写し(コピー)を送付し、遺言の内容を通知します。

遺言執行者について詳しくはこちらをご覧ください。

 

法的義務がない場合に通知すべき?

遺言執行者が指定・選任されていない場合には、相続人や受贈者(遺言によって遺産を受け取る相続人以外の者をいいます。)が協力して相続手続きを行うこととなります。

この場合、公正証書遺言の内容を相続人に通知する法的義務を負う人はいません。

しかし、遺言の内容を通知しない場合には、他の相続人が疑心暗鬼となり相続人同士のトラブルにつながる可能性や、通知をしなかったことにより損害賠償義務を負う可能性などのリスクがあります(この点については後で説明します)。

そのため、法的義務がない場合であっても、遺言の内容を知った場合には他の相続人にも通知することを強くおすすめします。

 

 

公正証書遺言の内容を通知しないとどうなる?

法律上の通知義務があるのに通知しなかった場合

遺言執行者が法律上の義務に違反して遺言の内容を通知しなかった場合、どうなるのでしょうか。

結論としては、遺言執行者が遺言の内容を通知せず、その結果として相続人に損害が発生したときは、遺言執行者は損害を賠償する義務を負う可能性があります。

また、任務を怠ったとして、家庭裁判所によって遺言執行者を解任される可能性があります。

 

通知義務違反によって損害が発生する場合とは

次のような場合には、遺言執行者が遺言の内容を通知しなかったことによって損害が発生する可能性があり、損害を受けた者は遺言執行者に対する損害賠償請求を検討することになります。

公正証書遺言の内容が遺留分を侵害している場合

公正証書遺言の内容が相続人の遺留分を侵害している場合に、遺言執行者が遺言の内容を相続人に通知しないときは、相続人に損害が発生する可能性があります。

遺留分(いりゅうぶん)とは、一定範囲の相続人に認められている遺産の最低限の取り分のことをいい、この遺留分を侵害された相続人は、侵害された遺留分に相当する金銭の支払いを求めることができます(これを「遺留分侵害額の請求」といいます)。

ただし、遺留分侵害額の請求には期限(時効)が定められており、遺言者が亡くなったことを知ってから1年以内に請求しなければ、その後は請求することができなくなってしまいます。

遺言執行者が公正証書遺言の内容を通知しない場合には、相続人は遺言によって遺留分を侵害されている事実を知ることができず、1年以内に遺留分侵害額の請求をすることができない可能性があります。

この場合、相続人には本来請求できたはずの金額(遺留分の侵害額)を請求できなくなるという損害が発生します。

遺留分について詳しくはこちらをご覧ください。

公正証書遺言の存在を知らずに遺産分割協議をしてしまう場合

相続人が公正証書遺言の存在を知らないまま遺産分割協議を行い、協議が成立した後で公正証書遺言の存在が明らかになった場合には、相続人に損害が発生する可能性があります。

遺言書がある場合には原則として遺言書にしたがって遺産を分けることとなりますが、遺言書がない場合には、相続人全員で話し合いを行って遺産の分け方を決めます(これを「遺産分割協議」といいます)。

遺言執行者が公正証書遺言の内容を通知しない場合には、相続人が公正証書遺言の存在を知らずに遺産分割協議を行い、協議で決まった内容をもとに遺産相続の手続き(相続登記など)を完了させてしまう可能性があります。

この場合に、後から公正証書遺言が作られていたことが明らかになり、公正証書遺言にしたがって遺産を分けることとなったときには、遺産分割協議の準備や遺産相続の手続きにかかった労力や費用が無駄になってしまうという損害が発生します。

 

法律上の通知義務がないため通知しなかった場合

遺言執行者が指定・選任されていない場合には、遺言の内容について法律上の通知義務を負う者はいません。

この場合であっても、通知しなかったことによって損害賠償責任を負うこととなる場合はあります。

例えば、一部の相続人が公正証書遺言の内容が遺留分を侵害するものであることを知りながら、あえて他の相続人に内容を通知しないまま相続手続きを完了させ、他の相続人が遺留分の請求をできなくなった場合などには、不法行為による損害賠償義務を負う可能性があります

また、最終的に損害賠償義務が認められるかどうかはさておき、少なくとも通知をしなかったことによって相続人同士の関係が悪化したり、トラブルになる可能性があります。

 

相続人全員が公正証書遺言の内容を知っている場合でも通知すべき?

相続人全員があらかじめ遺言者から公正証書遺言の内容を知らされており、その内容について特に争いがないという場合であっても、遺言執行者が法律上の通知義務を負うことについて変わりはありません。

たしかに、このような場合には相続人としても通知をもらうのがわずらしく、むしろ通知をしないことが遺言執行者・相続人双方にとって手間や労力の節約等のメリットにつながる可能性があります。

他方で、遺言執行者にとっては、後になってから通知をしなかったことを理由に責任追及されたり、解任されたりするリスクがあります。

こうしたリスクを防ぐためには、形式的ではあっても、遺言の内容を通知しておくのが安全であるといえます。

 

 

トラブル防止のポイント

相続にくわしい弁護士に相談する

公正証書遺言の作成やその執行について、相続にくわしい弁護士に相談されることをおすすめします。

公正証書遺言の作成にあたっては、具体的な状況に応じて、そもそも遺言執行者を指定すべきなのか、どのような人を遺言執行者に指定すべきか、相続人同士のトラブルを防止するためには具体的にどのような内容の遺言を作成すべきか、といった点に悩まれる方も多いことと思います。

相続人の方が公正証書遺言の存在を知った場合に、その後どのように手続きを進めたらよいのかがわからないという場合もあるかもしれません。

相続にくわしい弁護士に相談することで、専門的な知識や経験にもとづいてトラブルを防止するための適切なアドバイスを受けることが期待できます。

相続問題を弁護士に相談すべき理由はこちらをご覧ください。

 

弁護士等の専門家を遺言執行者に指定・選任する

トラブル防止の観点からは、できる限り中立な立場にある第三者を遺言執行者に指定・選任するのがおすすめです。

特に、弁護士等の専門家を遺言執行者に指定・選定するのがおすすめです。

相続人などの相続について利害関係のある人を遺言執行者に指定・選任した場合には、遺言執行者となった人が単独で手続きを進めることにより他の相続人等の不信感を招いてしまい、手続きの進め方をめぐってトラブルになるケースが少なくありません。

そのため、トラブルの防止の観点からは、相続について利害関係のない者を遺言執行者に指定・選任することをおすすめします。

また、遺言執行者が行うことなる相続手続きには、相続人の調査や遺産(財産)の調査、財産目録の作成や遺贈の手続きなど、相続に関する専門知識が必要となるものが多く含まれています

そのため、一般の方が遺言執行者に指名された場合、何をすればよいのかがわからず戸惑ってしまうことがあります。

相続にくわしい弁護士などの専門家を遺言執行者に指定・選任することで、相続人同士のトラブルを防ぐことができるだけでなく、相続手続きをスムーズに進めることができます。

 

 

よくあるQ&A

遺言執行者を指定・選任したほうがよい?


遺言執行者の指定・選任については、メリット・デメリットの両方があります。

主なメリット・デメリットとしては次のようなものをあげることができます。

メリット デメリット
  • 遺言の内容が相続人に通知される
  • 遺産の管理を任せることができる
  • 相続の手続きをスムーズに進めることができる
  • 相続に詳しくない人が遺言執行者となった場合には、かえって手続きが滞る可能性がある
  • 遺言執行者を専門家に依頼する場合には費用がかかる
  • 遺言執行者を専門家に依頼する場合には費用がかかる

遺言執行者を指定・選任したほうがよいかどうかは状況によって異なりますので、それぞれの状況において上にあげたようなメリット・デメリットのどちらが上回るかを検討して決められるのがよいでしょう。

メリット

  • 遺言執行者がいる場合には、遺言執行者が相続人に遺言の内容を通知することとなるため、相続人が遺言の内容を知らなかったことによって損害を受けるなどのトラブルを防止することができます。
  • 遺言執行者がいない場合には、相続人が共同して遺産を管理しなければなりませんが、遺言執行者がいる場合には遺産の管理を任せることができます。
  • 遺産について名義変更などの手続きを行う場合、遺言執行者がいないときは相続人全員が協力して行う必要がありますが、遺言執行者がいる場合には遺言執行者が単独で手続きを行うことができるため、スムーズです。

デメリット

  • 遺言執行者が行うこととなる各種の手続きには相続に関する専門知識が必要となるため、相続に詳しくない人が遺言執行者に指定・選任された場合には、やり直しや修正が発生するなどして手続きがスムーズに行われない可能性があります。
  • 上で説明したように、相続人を遺言執行者にする場合には、遺産の管理や相続手続きの方法をめぐって他の相続人が疑心暗鬼となり、トラブルにつながる可能性があります。
  • 専門家を遺言執行者に指定・選任する場合には、一定の費用がかかります。

遺言執行者を指定するメリットについて詳しくはこちらをご覧ください。

 

相続人が公正証書遺言の有無を調べるには?


相続人が公正証書遺言の有無やその内容を知る方法としては、大きく①遺言執行者が指定されている場合に遺言執行者から通知されるのを待つ、または②自分で調べるという2つの方法があります。

①遺言執行者から通知されるのを待つ

ここまで説明してきたように、遺言執行者が指定・選任された場合、遺言執行者は公正証書遺言の内容を相続人に通知する法的義務を負うため、遺言執行者がこの義務を履行する限り、相続人が通知を待っていれば遺言の内容を知ることができます。

②自分で調べる

昭和64年1月1日以降に作成された公正証書遺言については、相続人は全国各地の公証役場で「遺言検索システム」を利用して、公正証書遺言が保管されているかどうかを確認することができます(最寄りの公証役場で確認することができます)。

 

 

まとめ

・公正証書遺言について遺言執行者が指定・選任されている場合、遺言執行者は遺言の内容を相続人に通知すべき法律上の義務を負います。

・この義務に違反した場合、遺言執行者は損害賠償責任を負い、あるいは家庭裁判所によって解任されるなどのリスクがあります。

・遺言執行者が指定・選任されていない場合であっても、一部の相続人が公正証書遺言の内容を知ったときには、トラブル防止の観点から、他の相続人に対してその内容を通知することをおすすめします。

・公正証書遺言の作成や遺言に基づく相続手続きについて少しでも疑問や不安がある場合には、相続問題にくわしい弁護士に相談されることをおすすめします。

・当事務所では相続問題にくわしい弁護士からなる「相続対策専門チーム」を設置しており、遺言の作成や遺言の執行をはじめとする、相続問題全般のご相談に対応させていただきます。

遺言をめぐる問題以外にも、遺産分割協議や相続登記の手続き、相続人同士のトラブル、相続税の申告や節税対策など、幅広いご相談に対応することができますので、ぜひお気軽にご相談ください。

 

 


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