認知症の方に書かせた遺言書に効力はある?弁護士が解説


弁護士法人デイライト法律事務所 代表弁護士保有資格 / 弁護士・税理士・MBA

認知症の方に書かせた遺言書に効力ある?
認知症の方に書かせた遺言書に効力があるかどうかは、個々の状況によって異なります。

認知症だったという理由でただちに遺言書の効力が否定されることはなく、遺言書を作成した時点で遺言能力(意思能力)があったかどうか、という観点から判断されます。

この記事では、遺言書が有効とされるために必要な遺言能力(意思能力)とはどのようなものか、認知症の方の遺言能力はどのように判断されるのか等について、相続に強い弁護士が、具体例をあげながらわかりやすく解説します。

認知症の場合に遺言書が無効とならないための対策や、認知症の方が作成した遺言書の無効を争う方法についても解説しますので、参考にされてみてください。

認知症の方に書かせた遺言書に効力はある?

認知症の方に書かせた遺言書に効力があるかどうかは、個別具体的な状況によって異なります。

より具体的には、遺言書の作成時点で認知症の方に遺言能力があったかどうかによって決まります。

認知症の方であっても、遺言能力のある状態で書いた遺言書は有効です。

他方、認知症の影響で遺言能力のない状態で書いた遺言書は無効です。

 

遺言能力とは

遺言能力とは

遺言能力とは、有効に遺言をすることができる能力のことです。

遺言書が有効となるためには、遺言書作成の時点で、遺言者(遺言書を作成する方のことです。)に遺言能力があることが必要です。

根拠条文
民法第963条 遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。

引用:民法|e-Gov法令検索

遺言能力が認められるためには、次の2つの条件をいずれも満たしていることが必要です。

  • ①作成する遺言書の内容や、その遺言書がどのような結果をもたらすのかを理解できる能力(意思能力)があること
  • ②満15歳以上であること

遺言能力は遺言書を作成する時点で必要とされます。

認知症の方は①の意思能力の条件を満たさない可能性があり、そのような状態で作成された遺言書の効力は否定されます。

 

認知症とは

認知症とは

認知症とは、さまざまな原因によって徐々に脳の働きが低下していき、認知機能が正常に機能しなくなることによって、日常生活を送ることが難しくなる病気です。

具体的な認知症の症状として、次のようなものがあります。

  • 記憶障害(物忘れ、同じことを何回も言ったり聞いたりする)
  • 見当識障害(時間や季節の感覚が薄れる、方向感覚が薄れて道に迷う)
  • 理解力・判断能力の低下(考えるスピードの低下、情報を処理できずに混乱する、事実にもとづく適切な判断ができなくなる)
  • 感情表現の変化(ささいなことで怒る)

認知症は発症した原因によっていくつかの種類があり、代表的なものとして、アルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などがあります。

どの種類の認知症かによって症状や進行のしかたは異なります。

認知症が進行して理解力・判断能力が低下した状態では、遺言能力(意思能力)が否定される可能性が高くなります。

 

 

認知症の人の遺言能力の判断基準

認知症の人に遺言能力(意思能力)が認められるかどうかは、最終的には裁判官によって法律的な観点から判断されます。

過去の裁判例では、遺言能力(意思能力)の判断にあたって、次のような点が総合的に考慮されています。

認知症の人の遺言能力の判断基準

 

①認知症の状態・程度(医師の診断結果など)

認知症の状態・程度に関する医師の診断結果や介護認定審査の結果などは、認知症の方の遺言能力(意思能力)の有無を判断する上で非常に重要な考慮要素となります。

重度の認知症と診断されている場合には遺言能力(意思能力)が否定されやすくなります。

もっとも、医師の診断結果をもってただちに遺言能力(意思能力)が否定されることはなく、他の事情との総合考慮によって判断されます。

一般的に、認知症の診断にあたっては次のような検査が実施されます。

  • 問診(本人や家族からの聴き取り)
  • 身体検査(血液検査・内分泌検査・心電図検査・尿検査・レントゲン検査など)
  • 神経心理検査
  • 脳画像検査  など

※認知症の症状は人によって異なるため、すべての検査を実施するとは限りません。

 

神経心理検査について

神経心理検査とは、口頭での質問に回答する形式や、文字や図形、絵などを描いて回答する形式で実施される検査です。

一定の基準を下回ると「認知症の疑いあり」とされます。

代表的なものとして、「長谷川式簡易知能評価スケール」、「ミニメンタルステート検査」などがあります。

これらの検査は比較的短時間で行うことができ、信頼性が高いと評価されています。

裁判例の中にも、遺言能力(意思能力)の判断にあたってこれらの検査結果を考慮しているものが多く存在します。

 

長谷川式簡易知能評価スケール

長谷川式簡易知能評価スケールは、年齢や日時・場所に関する質問、簡単な計算、簡単な記憶問題などを含む口頭での設問に対して、口頭で回答するという簡易的な方法で実施される検査です。

30点満点中20点未満以下の場合は「認知症の疑いあり」とされます。

もっとも、この検査方法は短時間で大まかな認知機能を把握することを目的とするものであり、この検査結果だけで認知症かどうかを判断することはありません。

 

ミニメンタルステート検査(MMSE)

ミニメンタルステート検査は世界的に広く利用されている検査方法で、日本国内でも多く利用されています。

長谷川式簡易知能評価スケールと同様の簡単な質問や計算、記憶問題などを含む口頭での設問に対して口頭で回答する検査のほか、文章の作成や図形の描画、簡単な作業をする検査などが含まれます。

30点満点中27点以下で「軽度認知障害の疑いあり」、23点以下で「認知症の疑いあり」とされます。

長谷川式簡易知能評価スケールと同様に、この検査結果だけで認知症かどうかを判断することはありません。

 

脳画像検査

医療機器を使用して撮影した脳の画像をもとに、脳の形状(脳の萎縮度など)や働き(血流の状態など)を調べる検査のことです。

脳画像検査は、認知症の種類・タイプを特定するために行われます。

 

②遺言書の内容(複雑さ・内容の合理性など)

遺言書の複雑さの程度は、意思能力が認められるかどうかの判断(求められる判断能力の程度)に影響します。

例えば、「すべての財産を一人の相続人に相続させる」といった内容の遺言書は比較的単純であり、それほど高度な理解力・判断能力がなくても、意味内容を理解した上で遺言書を作成できる可能性が高いといえます。

これに対して、遺産や相続人の数が多く遺産の分配が複雑になるケースや、遺産の中に事業運営に関する遺産が含まれており利害関係が複雑なケースなどでは、高度の判断能力が必要とされます。

このように、遺言書の内容が複雑な場合には高度の判断能力が求められるため、認知症の場合は遺言能力(意思能力)が否定される可能性が高くなります。

また、遺言書の内容自体の合理性も、遺言書作成当時の遺言能力(意思能力)の判断に影響します。

例えば、認知症の方が娘が日頃から献身的な介護をしており、関係性も良好であったにもかかわらず、まったく連絡を取り合っていない弟にすべての遺産を与えるという内容の遺言書を作成しているような場合などです。

このような場合には、遺言者が自分の作成している遺言書の内容を理解せずに作成した可能性が疑われ、遺言能力(意思能力)が否定される可能性が高くなります。

 

③遺言書作成時・作成前後の言動

認知症の方について遺言書の作成時点あるいは作成の前後でどのような言動が見られたかは、認知機能の状態を裏付けるものであり、遺言能力(意思能力)の判断に影響します。

例えば、妄想や幻視・幻聴、大声を上げる、昏睡、意味不明な言動など、重度の認知症を疑わせる言動があった場合には、遺言書の作成時点でも遺言能力(意思能力)のない状態であったことが疑われます。

また、これらの言動が遺言書の作成時点と近い時点で見られるほど、遺言能力(意思能力)は否定されやすくなります。

 

④遺言書作成の経緯や動機

認知症の方が遺言書を作成することになった経緯や動機が不自然な場合には、遺言能力(意思能力)が否定されやすくなります。

例えば、認知症になる数年前に遺言書を作成しており、特に状況の変化がない(遺言書を作り直す動機がない)にもかかわらず、認知症の発症後に大きく異なる内容の遺言書を作成しているような場合などです。

このような場合には、遺言者が自分の作成している遺言書の内容を理解せずに作成した可能性が疑われます。

 

 

認知症の遺言書が争点となった裁判例

以下では、認知症の遺言書が争点となった裁判例の中から、遺言書が有効と判断されたケースと無効と判断されたケースを紹介します。

※なお、裁判例においても「認知症」ではなく「痴呆」という言葉が使用されていましたが、侮蔑的な表現が含まれているとして、平成16年12月に認知症に呼称変更されました。

この記事では「認知症」と表記します。

 

遺言書が有効となったケース

認知症の方が作成した遺言が有効とされたケースとして、京都地裁平成13年10月10日判決があります。

この事案では、新旧2回の公正証書遺言が作成され、2回目の遺言書(第2遺言)によって受遺者(遺言書によって遺産を受け取る人のことです。)が変更されました。

1回目の遺言書の受遺者とされていた原告が、第2遺言は遺言者の遺言能力を欠く状態でなされたものである等と主張して、第2遺言の受遺者を被告として、新遺言の無効確認を求めました。

裁判所は、認知症の高齢者の遺言能力の有無の判断方法について、認知症の内容・程度のほか、遺言書の作成経緯、遺言書作成時の状況を考慮した上で、遺言の内容の複雑性との相関関係において判断されなければならないと述べています。

その上で、次のような理由で遺言能力を肯定し、遺言書は有効であると判断しました。

  • 第2遺言の作成当時、遺言者の認知症は相当高度に進行していた(遺言書作成の2ヶ月前に実施された長谷川式簡易知能評価スケールの結果は30点満点中4点と非常に低い得点であった)。
  • しかし、遺言者は第2遺言の作成当時、他者とのコミュニケーション能力や自己の置かれた状況を把握する能力を相当程度保持していた。
  • 遺言者は、第1遺言の受遺者である原告やその父親よりも、第2遺言の受遺者(被告)と頻繁に付き合いがあり、遺言者が入院してからは主に第2遺言の受遺者がその世話をしていたことから、第2遺言を作成するに至った経緯に不自然な点はない。
  • 第2遺言作成時の状況に関して、遺言者は、公証人に対して、財産の継承や葬儀の執行などを一切第2遺言の受遺者に任せるという意思を明確に示し、同公証人の発問に対して明確に回答していた。
  • 第2遺言の内容は、わずか3か条からなるもので、自分の一切の財産を第2遺言の受遺者に遺贈し、葬儀の執行も第2遺言の受遺者に任せるという、比較的単純な内容のものであった。

参考:判決書|京都地方裁判所

このケースは、裁判所が重度の認知症の方が作成した遺言書について、医学的要素以外の事情(遺言者の言動や遺言書の作成経緯、遺言書の内容等)を重視して遺言能力を認めた事例です。

 

遺言書が無効となったケース

認知症の方が作成した遺言書(公正証書遺言)が無効とされたケースとして、名古屋高裁平成14年12月11日判決があります。

第一審の裁判所は、「遺言者の認知症の程度は中程度であり、意思疎通が乏しいというほどではなかった」という趣旨の担当医師の証言や、「意識清明、経過良好」との記載のある診療経過記録を重視して遺言能力を肯定し、遺言書を有効と判断しました。

これに対して控訴がなされた事案です。

名古屋高裁は、以下のように、認知症の程度に関する他の医師や鑑定人の意見、遺言書作成前後・作成時の遺言者の言動、遺言書の内容、遺言書作成の経緯などを総合的に考慮して、遺言能力を否定し、遺言書を無効と判断しました。

  • 第一審が遺言者の遺言能力を肯定するにあたって重視した担当医師の診断や診療経過記録はずさん・曖昧なものであり、客観性に乏しい。
  • 別の医師や鑑定人の証言によれば、遺言者の認知症の程度は重度に近いものであるところ、当該医師や鑑定人の証言には不合理な点がなく信用できる。
  • 遺言書の内容は簡単なものではなく、複雑なものであった。
  • 遺言者は遺言書作成前にも記憶障害、見当識障害、人物誤認、被害妄想、脱衣行為等の言動があり、また、遺言者は「遺言」という言葉の意味を理解しておらず、遺産の内容も把握していなかった。
  • 遺言者は遺産をどのように各相続人に相続させるかを自分の口で述べることはなく、相手の話に乗って受動的に受け答えしているだけだった。
  • 遺言書の作成時、公証人は遺言者の理解力がないことを心配していたことがうかがわれ、遺言者に何回も確認を求めていた。
  • 遺言者は遺言書の作成直後、付添人に対し「選挙してきた」と発言した(当日に選挙は行われていない)。
  • 遺言書の作成経緯について、遺言書の草案は一部の相続人と弁護士が遺言者を同席させずに作成したものであり、また、一部の相続人は遺言者に対して他の相続人の悪口を言うなどして、遺言書の内容を執拗に誘導していた。
  • 遺言書の内容自体に不合理な点はないが、遺言の作成経緯に照らすと、そのことからただちに遺言者に遺言能力があったとはいえない。

参考:判決書|名古屋高等裁判所

このケースでは、認知症の程度に関する医師の診断の信用性が争われました。

名古屋高裁は、遺言書作成前後・遺言書作成時の言動や遺言書の難易度を重視して、認知症の遺言者の遺言能力を否定しました。

 

 

認知症で遺言書が無効とならないための対策

認知症で遺言書が無効とならないためには、次のような対策をすることが考えられます。

認知症で遺言書が無効とならないための対策

 

遺言能力があるうちに遺言書を作成する

すでに解説したように、認知症は徐々に進行していきます。

重度の認知症と診断されるほど遺言能力が否定されやすい傾向にあるため、遺言能力が疑われない段階で遺言書を作成することが大切です。

 

遺言能力があることの証拠を残しておく

認知症になってから遺言書を作成する場合には、後に遺言能力が争われるリスクに備えて、遺言書の作成時点で遺言能力があったことの証拠をできるだけ多く残しておくことが大切です。

証拠になりうるものとして、次のようなものがあります。

  • 認知症の内容・程度に関する医師の診断書
  • 介護認定審査の結果
  • 遺言者の言動を記した介護日誌
  • 遺言者の作成した日記
  • 遺言者の言動が記録された音声や動画 など

「遺言書が無効となったケース」にあるように、認知症の内容・程度に関する診断書は絶対的な証拠となるわけではありませんが、裁判になった際にもっとも重視される証拠の1つであることには変わりがありません。

認知症の場合には、できるだけ遺言書の作成直前に、「遺言能力(意思能力)あり」という内容の診断書をもらっておくことをおすすめします。

また、遺言者が自分の意思で遺言書を作成したことの証拠とするために、遺言書とは別に、遺言者本人が遺言書の作成理由や要旨をメモなどに残しておくことも有効です。

 

公正証書遺言を作成する

公正証書遺言を作成することで、遺言書が無効とされるリスクを小さくすることができます。

公正証書遺言とは、本人(遺言者)の意志にしたがって「公証人」という法律の専門家が作成し、公証役場で保管される遺言書のことです。

遺言書には大きく、(a)自筆証書遺言、(b)秘密証書遺言、(c)公正証書遺言の3種類がありますが、もっとも無効になりにくいのは公正証書遺言です。

実際に、遺言書の効力が争われた裁判例の中で、公正証書遺言が無効とされた割合は他の種類の遺言書と比べてかなり低くなっています。

これは、公正証書遺言の作成にあたっては、遺言者から公証人に遺言の趣旨を口頭で伝える手続き(「口授」といいます。)等が必要とされており、遺言能力(意思能力)のない状態ではこの手続きを行うことができないためです。

また、公正証書遺言の作成には証人2名以上の立ち会いも必要とされているため、一部の相続人が遺言能力(意思能力)のない状態を利用して認知症の方に遺言書を作成させるといった不正が行われにくい環境にあるといえます。

もっとも、「遺言書が無効となったケース」で紹介したように、公正証書遺言であっても遺言書が無効とされたケースはあります。

このケースでは、口授の手続きがなされたといえるかという点も争点となっており(ただし、遺言能力がなかったことを理由に遺言書の効力が否定されたため、裁判所はこの点について判断していません。)、公証人による公正証書遺言の作成過程にも疑問が残るものでした。

より万全を期すためには、遺言者による口授を確実に実施する、中立・公正な弁護士に証人を依頼し、万一遺言の効力を争われた場合には遺言書作成時の様子について証言してもらう、などの対策が考えられます。

公正証書遺言の作成方法についてくわしくは以下のページをご覧ください。

 

 

認知症の遺言書の無効を争う方法

認知症の方が作成した遺言書の無効を争う場合には、次のような方法があります。

 

弁護士による交渉

まずは弁護士を通じて他の相続人と交渉を行い、遺産分割協議(相続人全員で遺産の分け方を話し合う手続きのことをいいます。)をするように求めます。

相続人全員が遺言書にしたがわないことに合意した場合には、遺産分割協議を行うことができます。

相続人同士の話し合いではらちがあかない場合でも、法律の専門家である弁護士が客観的な証拠をもとに交渉を行うことで、遺産分割協議に応じてくれる可能性が高まります。

 

遺言無効の調停を利用する

他の相続人が遺産分割協議に応じてくれない場合には、家庭裁判所の遺言無効の調停(遺言無効確認調停)を利用することができます。

調停とは、調停委員と裁判官が当事者の間に入って意見のすりあわせを行い、当事者同士の合意による解決をめざす手続きです。

遺言書が無効であることについて全員が合意できた場合には調停が成立し、遺言書が無効であることを前提に相続人全員で遺産分割協議を行うことになります。

一人でも合意してくれない相続人がいる場合、調停は不成立に終わります。

 

遺言無効の裁判を起こす

調停が成立しなかった場合、簡易裁判所または地方裁判所で遺言無効の裁判(遺言無効確認訴訟)を行うことになります。

調停とは異なり、裁判(訴訟)は当事者の合意にかかわらず裁判官(裁判所)が最終的な判断(判決)を下す手続きです。

当事者は裁判官(裁判所)の判断にしたがわなければなりません。

遺言書が無効であるとする判断(判決)がなされた場合には、相続人全員で遺産分割協議を行うことになります。

遺言書が有効であるとする判断(判決)がなされた場合で、さらに遺言の無効を争いたいときは、上級裁判所に控訴する必要があります。

 

 

認知症と遺言書のよくあるQ&A

公正証書遺言は、認知症でも無効は稀ですか?


作成された公正証書遺言の全体総数の中で、認知症の方が作成した公正証書遺言が無効と判断されるのは稀(無効と判断された割合はきわめて低い)といえます。

もっとも、認知症を理由として公正証書遺言の無効が裁判で争われたケースの中で、実際に公正証書遺言が無効と判断された割合は稀とまではいえません。

すでに解説したように、公正証書遺言は「公証人」という法律のプロが作成するものであり、また、遺言者から公証人に遺言の趣旨を口頭で伝える「口授」のプロセスや証人2名以上の立ち会いが必要とされています。

そのため、遺言能力(意思能力)のない認知症の方が、公正証書遺言の作成手続きを完了するという可能性はかなり低いといえます。

もっとも、公証人も一人の人間であるため、完璧な手続きが行われない可能性はゼロではありません。

そのような場合には、遺言者が認知症で遺言能力のない状態であることに気づかれないまま、公正証書遺言が作成されてしまう可能性があります。

 

認知症で後見人なしで相続手続きはできますか?


認知症の相続人がいる場合に後見人(成年後見人)なしで相続手続きをできるかどうかは、認知症の程度や遺言書の有無や遺言書の内容など、具体的な状況によって異なります。

成年後見人とは、認知症や精神障害、知的障害などで判断能力(意思能力)が低下した方の代わりに、契約や相続手続きなどを行う人のことです。

成年後見人は裁判所によって選任されます。

 

認知症でも意思能力がある場合

認知症の相続人について、相続手続きの意味内容を理解できるだけの能力(意思能力)がある場合には、成年後見人なしで相続手続きを行うことができます。

 

認知症で意思能力がない場合

認知症で意思能力のない相続人は、基本的に各種の相続手続き(相続放棄、遺産分割協議、相続登記など)を単独で行うことはできず、成年後見人が必要となります。

もっとも、相続人に意思能力がない場合であっても、遺産を法定相続分(民法で定められた遺産の取り分に関する一定の割合のことです。)どおりに分けるときには、成年後見人なしで相続手続きを行うことができます。

ただし、この場合には預貯金や現金以外の財産は相続人同士の共有状態になり、後見人なしでは売却等の処分を行うことができないなどの不便が生じます。

また、有効な遺言書が作成されているときには、成年後見人なしでも一部の相続手続きを行えることがありますが、できる行為はかなり限定されます。

例えば、遺言書で「認知症の相続人に預金を相続させる」という内容が記載されている場合、金融機関によっては預金の名義変更をできるケースがあります(金融機関によっては受け付けてもらえないこともあります)。

 

アルツハイマー型認知症の場合に遺言能力はある?


アルツハイマー型認知症の場合に遺言能力が認められるかどうかは、遺言書を作成した時点での状態によって異なります。

アルツハイマー型認知症とは、脳内に特殊なタンパク質がたまることによって脳の神経細胞が破壊され、脳が萎縮する「アルツハイマー病」が原因となって発症する認知症です。

一般的に、アルツハイマー型認知症は、前兆(軽度認知障害)→初期(軽度)→中期(中等度)→末期(重度)へと段階的に進行していき、他の種類の認知症と比べてゆっくりと進行するとされています。

もっとも、実際の進行スピードは患者によってさまざまです。

この記事で解説してきたように、遺言能力があるかどうかを認知症の程度のみで判断することはありません。

遺言能力の有無は、個々の遺言者ごとに、認知症の程度のほか遺言書の内容、作成経緯、遺言書作成時・作成前後の言動等を総合的に考慮して判断されます。

 

 

まとめ

  • 認知症の方に書かせた遺言書に効力があるかどうかは、遺言書の作成時点で、認知症の方に遺言能力があったかどうかで決まります。
  • 認知症の方の遺言能力の有無は、認知症の状態・程度(医師の診断結果など)、遺言書の内容(複雑さ・内容の合理性など)、遺言書作成時・作成前後の言動、遺言書作成の経緯や動機などを総合的に考慮して判断されます。
  • 認知症で遺言書の効力を否定されないためには、(a)遺言能力があるうちに遺言書を作成する、(b)遺言能力があることの証拠を残しておく、(c)公正証書遺言を作成する、などの対策をすることが考えられます。
  • 認知症の方が作成した遺言書の無効を争う場合、まずは弁護士を介した交渉での解決を試みます。交渉に応じてくれない場合には、遺言の無効確認を求める調停や裁判(訴訟)を行うことになります。
  • 認知症の方が作成した遺言書の無効が争われるケースは少なくありません。
    そのため、認知症で遺言書を作成することを検討する場合には、事前に相続に強い弁護士に相談されることを強くおすすめします。
  • 相続に強い弁護士に相談することで、遺言書を無効とされないための対策について具体的なアドバイスをもらうことができます。
  • 当事務所では相続を専門とする弁護士のみで構成する「相続対策専門チーム」を設置しており、遺言書の作成をはじめ、相続放棄、遺産分割協議、相続人同士のトラブル、相続登記、相続税の申告・節税対策など、相続に関する幅広いご相談をうけたまわっています。

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