医療過誤の裁判事例と法的ポイントを弁護士が解説

執筆者:弁護士 鈴木啓太
弁護士法人デイライト法律事務所 パートナー弁護士

「医療過誤かもしれない」

「大切な家族が医療事故に巻き込まれてしまったが、どうすればいいか分からない」

そのような不安や疑問を抱えていらっしゃいませんか。

このページでは、実際に裁判で争われた医療過誤の裁判事例を、医療過誤に詳しい弁護士が法的ポイントもあわせて深く掘り下げて解説します。

医療過誤は、患者やそのご家族の人生を大きく左右する深刻な問題です。

しかし、医療の専門性が高く、かつ法的な側面が絡むため、何が医療過誤なのか、どう対処すれば良いのかが分かりにくいと感じる方も少なくありません。

医療過誤に関する具体的な裁判例を知り、適切な解決策を見つけたい方は、ぜひ最後までご覧ください。

医療過誤とは?要件・具体例も解説

医療過誤とは?

医療過誤とは、医師や看護師などの医療従事者の過失によって患者に損害が発生した場合をいいます。

例えば、レントゲンの画像上、明白に異常な状態が診てとれるのに見落として治療できないまま患者が死亡した場合や、手術中に誤って臓器を損傷してしまったような場合、必要な説明を怠った場合などです。

医療過誤が発生した場合には、医療機関側に損害賠償請求を検討することになります。

 

医療過誤の賠償金が認められる3要件

医療過誤の賠償金が認められるには、以下の3つの要件を満たす必要があります。

  1. ① 医療機関の故意・過失行為
  2. ② 患者に損害が発生したこと
  3. ③ ①の行為の結果、②の損害が発生したこと(因果関係)

 

① 医療機関の故意・過失行為

故意行為とは、意図的に行う行為のことです。

例えば、医師や看護師がわざと患者に害のある行為をするような場合です

医療過誤での過失行為とは、医療機関に求められる医学的な水準を下回る医療行為をする行為のことをいいます。

 

② 患者に損害が発生したこと

損害は、医療過誤によって余計な治療が必要となり治療費を支出した場合や、精神的に苦痛を受けた場合の慰謝料などです。

具体的にどのような損害が発生したのかを証明する必要があります。

 

③ ①の行為の結果、②の損害が発生したこと(因果関係)

医療機関の故意過失によって、損害が発生したことを証明する必要があります。

医療機関の故意過失がなくても発生したような損害は、賠償請求することはできません。

 

 

医療事故(医療過誤)の代表例

医療事故の例としては、以下のようなケースがあります。

医療事故(医療過誤)の例
  • ガンが疑われ検査する義務が遭ったのに実施せず癌の発見が遅れてしまった
  • より専門性の高い病院に転送すべきなのに転送しなかった
  • 手術前にリスクについて十分な説明をしなかった
  • 手術中に医師の手技にミスがあり患者が死亡した
  • 医療記録を見落とし禁忌の薬品を投与しアナフィラキーショックを起こした
  • 不注意で採血で神経を傷つけてしまった
  • 患者がベッドから転落して死亡(ケガ)した など

また、医療事故で争点となりやすいのは以下のような場合です。

医療事故で争点となりやすいもの
  • 医師が手術前に説明義務を果たしたか
  • 患者の状態から病気発見のため検査する義務があったか
  • 手術中の医師の手技にミスがあったか
  • 他の病院に転送する義務があったか
  • 過失があるとしてどこまで損害として認められるか など

以下では、医療過誤の裁判例について解説していきます。

 

 

【ケース別】医療過誤の具体的な事例と法的ポイント

説明義務違反に関する医療過誤の事例

【説明義務違反の事例】開頭手術に関する判例(最判平成18年10月27日判決)

事案の概要

医師Yは、患者Aに対して、開頭手術を実施する予定でしたが、その後のカンファレンスでコイル塞栓(せんそく)術に変更することになり、患者Aに対して説明を行い同意を得たうえで、コイル塞栓術を施行することに決定しました。

手術当日、コイルが脳動脈瘤外(のうどうみゃくりゅうがい)に逸脱する可能性があると判断されたため、コイルの回収を試みました。

しかし、全部を回収することが出来ず、患者Aは残存したコイル及びこれに起因する血流障害により脳梗塞となり、患者Aは死亡しました。

原告らは、患者Aが死亡したことについて、コイル塞栓術に関する説明義務違反と医師らの手技などについて過失があるとして、医師らに損害賠償を請求しました。

 

判決の概要

最高裁は、コイル塞栓術を実施することの承諾を患者Aから得るに当たって、開頭手術の具体的内容やリスクについて説明することが求められると指摘しました。

また、説明開頭手術とコイル塞栓術のいずれを選択するのか、いずれの手術も受けずに保存的に経過を見ることとするのかを熟慮する機会を改めて与える必要性についても指摘しました。

そのうえで、本件については、担当医師の説明義務違反を認めました

 

弁護士による法的ポイント

未破裂脳動脈瘤の手術には、開頭手術とコイル塞栓術という2つの方法があります。

いずれの手術についてもリスクがあるため、それぞれの手術のリスクについて熟慮する機会を患者に与えることが重要になります。

また、いずれの手術も受けずに経過観察によることも患者が決めることができます。

患者側としては、それぞれの手術のリスクを熟慮する機会があるにもかかわらず、熟慮する機会が与えられず、それにより損害を被った場合には、担当医師に対する説明義務違反を追求できる可能性があるといえるでしょう。

参考判例:最判平成18年10月27日|最高裁ホームページ

 

 

【説明義務違反の事例】頚椎手術に関する事例(水戸地平成28年3月25日)

事案の概要

患者Aは、Y1が経営する本件病院において変形性頚椎症(へんけいせいけいついしょう)と診断され、椎弓形成術(ついきゅうけいせいじゅつ)及び神経根減圧開窓術(本件手術)を受けました。

しかし、脊髄損傷が生じ、身体障害者1級に該当する四肢・体幹機能障害を負いました。

そこで、医師らに手技上の過失又は説明義務違反があるとして、医師らに対し、債務不履行又は民法709条及び715条に基づき、損害額合計1億4278万5211円の支払を求めました。

 

判決の概要

裁判所は、本件手術について、手術によって症状の悪化を防ぐことはできるが(相対的手術適応)、その症状はほとんど日常生活に支障が生じない程度のものであり、仕事にも支障がなかったとして、本件手術を受ける緊急の必要性はなかったと指摘しました。

また、本件手術には、脊髄損傷により四肢麻痺を含む重篤な麻痺が生じる危険性があると指摘しました。

しかし、本件医師は、一般的な合併症として麻酔、感染、出血などのリスクが5%程度あると説明するにとどまり、脊髄損傷により四肢麻痺を含む重大な麻痺が生じる可能性については説明していないとして、医師の説明義務違反を認めました

 

弁護士による法的ポイント

一般的に手術に伴うリスクの説明について、発生する可能性が低いものであったとしても、死亡や重い症状が残るものについては、説明する義務があると考えられます。

本件では、本件手術の危険性について、「第5頚椎以下の麻痺」があると説明していますが、脊髄損傷により四肢麻痺を含む重大な麻痺が生じる可能性については説明してませんでした。

そのため、患者に対する説明としては、「第5頚椎以下の麻痺」があると説明するだけでなく、四肢麻痺を含む重大な麻痺が生じる可能性があったことまで説明する必要があったといえるでしょう。

 

 

説明義務違反の事例】腹腔鏡(ふくくうきょう)手術に関する事例(高松地平成28年5月18日)

事案の概要

神経鞘腫(しんけいしょうしゅ)を疑われた患者Aは、腹腔鏡下摘出術(ふくくうきょうっかしゅじゅつ)を受けました。

手術を受ける際に患者Aと医師Xが署名した同意書には、「合併症の可能性と緊急時の処置」について「皆無ではありません」、と記載され、腹部の合併症として「出血、腸管損傷、神経障害、腹膜炎、濃瘍、創感染など」が示され、補充として「神経痛、しびれなどがある」と記載されていました。

医師Xは、本件手術時、やむを得ず神経の頭側と尾側を切除するに至り、患者Aは左大腿神経麻痺(ひだりだいたいしんけいまひ)と診断された。

 

判決の概要

裁判所は、「神経障害」という合併症の記載は腹部についてのものであり、補充説明の部分は、「神経痛、しびれなどある」との記載にすぎず、神経麻痺による運動障害の記載や、腫瘍が大腿神経(運動神経)に生じている可能性があることなどの記載はないと指摘しました。

また、医師Xが患者Aに対し、手術によって大腿神経麻痺による運動障害が生じる危険性があることを分かりやすく説明したとは認められないと指摘しました。

その上で、この説明義務違反がなければ患者Aが手術に同意しなかったとまではいえないから、現在における患者Aの障害などに対する賠償責任はないものの、説明義務違反による自己決定権の侵害を認定しました。

 

弁護士による法的ポイント

本件では、合併症として「神経障害」が挙げられていますが、この「神経障害」は腹部に関する説明であって、大腿神経麻痺による運動障害の説明がされていないと判断されています。

術前の説明義務については、①当該患者の病名(病名と症状)、②実施予定の手術の内容、③手術に付随する危険性、④他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、⑤予後などについて説明すべきとされています。

術前の患者に対する説明としては、起こり得る危険性をできる限り広く説明し、その内容を文書等に残しておくのが重要といえるでしょう。

 

 

【説明義務違反の事例】内視鏡手術に関する事例(奈良地令和元年9月10日)

事案の概要

患者Aは、内視鏡による総胆管結石の除去手術を受けましたが、十二指腸穿孔(じゅうにしちょうせんこう)により腹膜炎により死亡しました。

医師Xは、「手術・検査同意書兼説明書」(本件同意書)を用いて、患者Aに術前の説明を行い同意を得ていました。

本件同意書には、「各種術式・検査法によって、緊急事態、偶発症・合併症が発生した場合には、適切な処置・治療を行うこと」が記載されていましたが、「死亡」の可能性に関する具体的な記載はありませんでした。

 

判決の概要

裁判所は、患者Aに十二指腸穿孔が生じていたものの、診断時にこれを特定することは困難であり、手技上の過失を否定しました。

もっとも、本件では「開腹術、腹腔鏡下手術、経皮経肝的知治療等が存在し、いずれも医療水準として確立された術式であった」ことを理由として、複数の治療法が存在することや各術式の内容、利害得失、予後などについて説明すべき注意義務があったと認定しました。

さらに、「消化器内視鏡ガイドライン」(第3版)で、EST(内視鏡的乳頭括約筋切開術)を施行する際のインフォームド・コンセントについて「死亡も含めた起こり得る偶発症の内容と発生頻度を示すべきである」とされていることから、術前説明において「死亡」の可能性を説明すべき注意義務があるとしました。

その上で、裁判所は、ESTによる死亡の可能性がある場合に、これを知った患者が手術を受けない選択をすることも当然予想されるとして、患者の不安による悪影響を考慮したとしても、説明しなくてもよいということにはならず、患者Aに対する自己決定権侵害を認めました

 

弁護士による法的ポイント

本判決から、他に選択可能な確立した治療方法がある場合に、その他の治療方法を説明しなかった場合は、説明義務違反が認定される可能性があります。

また、診療ガイドラインの内容として、「当該手術の死亡も含めた起こり得る偶発症の内容と発生頻度を示すべきである」とされている場合は、基本的には死亡のリスクの説明が求められていると考えられるでしょう。

 

 

【説明義務違反の事例】分娩方法の説明義務に関する事例(最判平成17年9月8日判決)

事案の概要

妊婦Aの胎児の状態について、胎児の頭部が子宮底に位置し、臀部を子宮口に向けた状態(「骨盤位」といいます。)であることが判明しました。

X医師は、母体の骨盤の形状や大きさからして、経腟分娩(けいちつぶんべん)が可能であると判断し、Aに対し、経腟分娩は問題ないと説明し経腟分娩によるとの方針を伝えました。

妊婦Aは、骨盤位であるのに経腟分娩によることに不安を抱き、帝王切開術によって分娩したいことを伝えました。

しかし、X医師は、経腟分娩は可能であること、もし分娩中に問題が生じればすぐに帝王切開術に移行できること、帝王切開術をした場合は、手術部が上手く接合しないことがあることや、次回の出産で子宮破裂を起こす危険性があることなどを説明しました。

出産当日、胎児は、分娩時には、両下肢のひざが屈し、両側のかかとが臀部に接して先進する状態(複殿位)となると判断し、子宮頸部が柔らかくなっていることなどから、そのまま経腟分娩させることにしました。

ところが、自然に破膜することがなかったため、人口破膜を行ったところ、胎児の心拍数が急激に低下し、骨盤位牽出術(こつばんいけんしゅつじゅつ)を開始しましたが、重度の仮死状態で長男Bが出生され、4時間後にBは死亡しました。

なお、X医師が帝王切開術を行わなかったのは、破水後に帝王切開術を移行しても、胎児の娩出まで少なくとも15分を要し、経腟分娩を続行させるよりも予後の状態が悪いと判断したためでした。

 

判決の概要

裁判所は、帝王切開術は移行までに一定の時間を要するため、移行することが相当でないと判断される緊急の事態を生じ得ることなど告げ、患者Aらが最新の状態を認識し、経腟分娩の場合の危険性を具体的に理解した上で、経腟分娩を受け入れるか否かについて判断する機会を与えるべき義務があったと認定しました。

ところが、本件では、X医師は、胎児の最新の状態とこれらに基づく経腟分娩の選択理由を十分に説明しなかった上、もし分娩中に問題が生じればすぐに帝王切開術に移行できるのだから心配ないなどと誤解を与えるような説明をしました。

したがって、X医師は説明義務を尽くしたということはできず、X医師の説明義務違反が認められました

 

弁護士による法的ポイント

医師は、患者の疾患の治療のために手術を実施することに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容の利害得失、予後などについて説明すべき義務があるとされています(最判平成13年11月27日)。

本件では、一般的な経腟分娩の危険性について一応の説明はされたものの、胎児の最新の状態とこれに基づく経腟分娩の選択理由を十分に説明せず、分娩中に異常事態が生じた場合の経腟分娩から帝王切開術への移行について誤解を与えるような説明をしたことが指摘されました。

確立した複数の両方がある場合は、医師はそれぞれの療法の利害得失について十分に説明し、患者は当該療法を受け入れるか否かについて熟慮し、決断できる機会が与えられることが重要といえるでしょう。

参考判例:最判平成17年9月8日|最高裁ホームページ

 

治療・処置ミスによる医療過誤の事例

【針を残置した事例】手術後に針が体内に残ったことに関する事例(さいたま地裁平成26年4月24日)

事案の概要

患者Aは、B病院で心室中隔欠損症(しんしつちゅうかくけっそんしょう)および感染性心内膜炎と診断され、X医師の執刀で三尖弁形成術(さんせんべんけいせいじゅつ)および心室中隔欠損孔閉鎖術などの手術を受けました。

しかし、術中に使用した医療用縫合針の数が合わないことが判明し、術後のCT検査により針が心臓近くの下大静脈内に残っていることが判明しました。

X医師は、手術後すぐに針の探索のために心房を切開する手術を行いましたが、針の発見には至らず、針はその後右心房から下大静脈、肝静脈に移動していました。

患者Aは、残した縫合針が摘出困難になったことについて、慰謝料など4200万円の支払いを求めました。

 

判決の概要

裁判所は、針が肝静脈にあることについて、今後肝臓から突出するような事態は想定し難く、今後針の移動可能性も低く、医学上、針が患者Aの日常生活上、医療行為上の制約を及ぼしたり、感染を起こす可能性はない、又は低いと認定しました。

もっとも、患者Aには、自己の肝臓の中に針という鋭利な金属製の物質が遺残され存在し続けていることの恐怖感が大きいこと、針を摘出するには肝臓を40%切除する必要があること、針の摘出のための余分な手術を受けざるを得なかったこと等の事情を認定して、慰謝料を700万円と認定しました。

 

弁護士による法的ポイント

慰謝料額の算定は、両当事者の社会的立場・職業・資産・家族の状態、加害者の故意過失の程度、加害者の行為の倫理的非難に値する程度など、全ての事情を考慮した上で裁判官の自由裁量によって決定されます。

本件では、患者Aは、針の遺残により精神的に追い詰められ、2度の自殺未遂をし、複数の医療機関を受診していることから、その恐怖心が患者Aの特殊な性格に起因し過剰であるとはいえないとしました。

また、患者Aの就労の機会が脅かされたことや、現在の就労先に針が残っていることの事実を知らされた場合の解雇の不安などにも触れました。

そのため、本件では、仮に人体に対する影響が相当程度低かったとしても、患者の精神的負担が大きいと認定し、さらに財産的損害額も考慮して、結果的に慰謝料を700万円と認定したといえるでしょう。

 

ガイドラインに沿った処置をせず賠償が認められた事例(仙台地裁平成28年12月16日判決)

事案の概要

患者(年齢10代前半)は、中耳炎、慢性副鼻腔炎などの診断を受け、耳管通気処置を受けていたところ、意識が消失しました。

看護師が胸部を叩いて刺激し名前を呼ぶも意識が戻らず、呼吸が停止しました。

看護師が、心臓マッサージを行ったところ自発呼吸が戻ったため心臓マッサージを中止しました。

緊急搬送されましたが、脳死状態となり、その後、死亡しました。

 

判決の概要

判決では、「JRCガイドライン2010」の内容に従って、小児を救助するにあたっては、PBLS(小児の一次救命処置)を行うべきであったとし、胸部圧迫だけでなく、人工呼吸もスべきであったと判断して過失を認めました。

また、バックバルブマスク(手動で人工呼吸するもの)の備え付けがなかったこと、成城な呼吸や目的のある仕草が出現していないのに心臓マッサージを中止したことも過失行為と認定し、合計約6100万円の賠償を認めています。

 

弁護士による法的ポイント

この判決では、蘇生方法について、ガイドラインに従っていないことを理由に過失行為が認められています。

ガイドラインに違反していれば、必ず過失と認められるわけではありません。

しかし、ガイドラインは一定の医療水準を示すものであり、ガイドラインに違反しているという事情は、過失を主張していくにあたって重要な事情となります。

 

診察ミスによる医療過誤の事例

【診察に過失がある事例】問診の程度に関する事例(広島高平成30年2月16日)

事案の概要

脳梗塞の既往歴のある患者Aは、突然の腰背部痛を発症し、湿布を貼っても効果がなく、体を動かさなくても痛む状態が続きました。

そこで、患者Aは、妻とともにB病院にタクシーで向かったが、乗車中に2回の嘔吐をしました。

医師Xは、神経内科問診票を確認したものの、救急部問診票は確認せず、また、安静時痛か体動時痛かの確認や、気分不良の内容に関する確認もしませんでした。

そして、医師Xは、Aの腰背部痛については筋骨格系のもので、緊急性の疾患でもないと判断し、Aを帰宅させました。

しかし、Aは帰宅後、自宅で嘔吐し救急で搬送され、翌日に腹部大動脈瘤破裂で死亡した。

 

判決の概要

裁判所は、医師Xには、緊急性の高い疾患と筋骨格系由来の疾患を判別するために、発症様式、性状、程度、随伴症状を問診し、急性の安静時痛や血圧低下などの随伴症状を聴取した上で、緊急性の高い腹部大動脈瘤の破裂または切迫破裂を疑い、CT検査を実施すべき義務があったというべきとしました。

そのうえで、急性発症の安静時痛であることや血圧の低下などをAから聴取できていれば、腹部大動脈瘤の破裂または切迫破裂を疑うことができ、CT検査の実施により腹部大動脈瘤の破裂を発見できたとして、医師Xの診察について過失があったと判断しました。

 

弁護士による法的ポイント

患者の診察は症状の問診から始まることから、問診の内容によって、緊急性の判断や疾患の想定、その後の診察や検査の選択に影響を与えます。

医師の過失を検討する場合、診療録の内容だけでなく、問診の内容についても事実認定に影響を与える重要な証拠になるといえるでしょう。

 

投薬ミスによる医療過誤の事例

合理的理由なく禁忌とされる投薬をした事例(鹿児島地裁平成29年10月25日判決)

事案の概要

慢性呼吸障害と診断され入院していた患者(年齢90代前半)が、頭痛を訴えたことから、鎮痛薬のペンタジンとアタラックスPを投与するよう指示し、実際に投与されました。

翌日、容態が悪化し意識レベルも低下、その後、昏睡状態となり死亡しました。

遺族が、医療過誤を理由に損害賠償請求しました。

 

判決の概要

裁判所は、ペンタジンは重篤な呼吸抑制状態にある患者及び全身状態が著しく悪化している患者に対して投与することは禁忌であるにも関わらず、投与したことについて、医師の過失を認めました。

もっとも、患者の状態は非常に悪い状態で、ペンタジンを投与しなかったとしても、死亡した可能性はあり、脂肪との因果関係は認めませんでした。

ただし、死亡した時点よりも長く生存していた「相当程度の蓋然性」は認められると判断し、150万円の賠償を認めました。

 

弁護士による法的ポイント

薬の投与にあたっては、その薬の使用方法が記載している添付文書に従って投与する必要があります。

添付文書に従わず投与する場合には、特段の合理的な理由が必要となりますが、本件では、特段の合理的な理由は認められず、医師に過失が認められています。

もっとも、因果関係は限定的にしか認められていません。

遺族は、死亡を損害として因果関係を主張していましたが、患者さんも相当に状態が悪化していたので、医師の過失がなくても亡くなった可能性があると判断され、死亡との因果関係は認められませんでした。

しかし、医師の過失がなければ、実際に死亡した時点よりも長く生存していた相当の蓋然性は認められるので、その範囲で損害賠償を認めた事例です。

 

看護・管理体制ミスによる医療過誤の事例

看護師の見守り体制に問題があった事例(熊本地裁平成30年10月17日判決)

事案の概要

患者(80代後半)は、脳挫傷、認知症などの既往があり、危険行動がみられ医療保護入院となっており、病院内で転倒のリスクが高い患者として評価されていました。

事故日、患者は、自分で車椅子を操作してトイレに行ったところ、転倒し、頸髄を損傷しました。

その結果、両上肢機能全廃、両下肢機能全廃の後遺障害が残りました。

この後遺障害について、病院側に損害賠償請求がなされた事案です。

 

判決の概要

裁判所は、患者が転倒リスクが高いと評価されていたこと、事故前に頻尿傾向があり一人で車椅子を操作してトイレに行く姿も見られていたことなどから、看護師は患者が一人でトイレに行ったり歩行しようとした場合には、速やかに介助できるよう見守るべき注意義務があったと認めました。

事故当時、看護師は、他の患者に薬を投与していて患者の姿を見落としていましたが、裁判所は、薬の投与は他の看護師が戻ってきてから開始すべきであったと判断し、看護師の過失を認め、約2800万円の賠償金を認めました。

 

弁護士による法的ポイント

医療機関は、患者の転倒リスクが高い場合には、それに応じた対応が求められます。

転倒リスクの高い患者については、医療機関側は転倒を予見することができたと主張しやすくなります。

予見できたにもかかわらず、転倒を回避するために必要な措置を医療機関が実施していないことを立証することができれば、損害賠償請求が認められます。

 

 

医療過誤訴訟で「勝てない」と諦める前に知っておくべきこと

医療訴訟は、医学的な立証が必要となることから、「勝てない」と諦めてしまう方もたくさんいらっしゃると思います。

実際、医療訴訟はとても難しい裁判で勝訴することは容易ではありません。

しかし、できる限りのことはやった上で納得したいというのが患者様側の想いであるかと思います。

以下のページでは、医療訴訟に関するポイントを説明していますので参考にされてください。

 

 

医療過誤の裁判事例についてよくあるQ&A

医療過誤の示談金の相場は?

医療過誤の示談金の相場は、数万円〜数億円となり、事案によって大きく変わってきます。

重い後遺障害が残った場合や、死亡した場合には、1億円を超える賠償金になることもありますが、比較的軽微な説明義務違反の場合には、数万円〜数十万円程度になることもあります。

このように、実際に生じた損害の内容によって示談金の相場は大きく変わります。

 

医者が誤診をしたら責任はどうなる?

医者が過失のある誤診をして患者に損害が発生した場合には、その医師と所属する病院は損害賠償責任を負うことになります。

誤診が重大な過失と言えるような場合には、業務上過失致死傷などの刑事責任を負う可能性もあります。

また、医師免許の停止や取り消しなどの行政処分の対象となる可能性もあります。

 

 

まとめ

  • 患者は、それぞれの手術のリスクを熟慮する機会があるにもかかわらず、熟慮する機会が与えられず、それにより損害を被った場合には、担当医師に対する説明義務違反を追求できる可能性がある
  • 一般的に手術に伴うリスクの説明について、発生する可能性が低いものであったとしても、死亡や重い症状が残るものについては、説明する義務があると考えられる
  • 術前の患者に対する説明としては、起こり得る危険性をできる限り広く説明し、その内容を文書等に残しておくのが重要といえる
  • 診療ガイドラインの内容として、「当該手術の死亡も含めた起こり得る偶発症の内容と発生頻度を示すべきである」とされている場合は、基本的には死亡のリスクの説明が求められていると考えられる
  • 医師の過失を検討する場合、診療録の内容だけでなく、問診の内容についても事実認定に影響を与える重要な証拠になるといえる

当法律事務所の人身障害部は、医療過誤に注力する弁護士が所属しており、医療過誤に悩む被害者を強力にサポートしています。

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