
労災の裁判とは、労働災害に関するトラブルを裁判で解決する手続きのことをいいます。
仕事中の怪我や病気で労災を申請したものの、会社や労基署の判断に不満が残るといった場合に、選択肢の一つとして検討されるのが「労災の裁判」です。
しかし、裁判と聞くと、お金や時間の面で不安に感じる方も多いのではないでしょうか。
この記事では、労災の裁判の基本から流れ、費用の目安、訴える前に知っておきたい注意点などについて、わかりやすく解説していきます。
「本当に裁判をするべき?」「費用に見合う結果が得られるの?」といったお悩みがある方は、ぜひ最後までお読みください。
目次
労災の裁判とは?
労災の裁判とは、労働災害に関するトラブルを裁判で解決する手続きのことをいいます。
具体的には、労災保険給付に関する決定(処分)の取消訴訟や、会社に対する損害賠償請求などがあります。
仕事中に怪我や病気を負った場合、本来であれば労災保険による給付が受けられるはずです。
しかし、現実には「労働基準監督署に労災として認められなかった」「会社に安全配慮義務違反があるのに責任を取ってもらえない」といったトラブルが起きることも少なくありません。
このような時に、最終的な解決手段として「裁判」を選択することがあります。
裁判というと大がかりで身構えてしまう方も多いですが、労災の裁判に特有のルールや流れを知っておくことで適切に対応することができます。
労災(労働災害)とは?
労災とは、「労働災害」の略で、従業員が仕事中に怪我をしたり、病気になったり、場合によっては亡くなってしまうことを指します。
労災に遭った従業員は、労災保険制度により、治療費や休業中の収入を補う給付、後遺障害が残った場合の補償など、さまざまな支援を受けることができます。
労災の裁判の特徴
労災に関するトラブルが発生した際、行政の手続きだけでは解決できない場合に「裁判」が選択されることがあります。
労災に関連する裁判は、大きく分けて次の2つの種類があります。
- 行政訴訟
- 民事訴訟
行政訴訟
労働基準監督署が「このケースは労災ではない」と判断した場合など、その決定に納得できない従業員が行政に対して処分の取消しを求める訴訟のことです。
労働基準監督署の判断に不満がある従業員は、まず労災保険審査官に対して審査請求を行うことができます。
審査官の判断にも納得できない場合は、労働保険審査会へ再審査請求を行います。
この再審査請求でも納得のいく決定が出なかった場合には、最終的に裁判所に対して「労災として認定しなかった処分の取消し」などを求める行政訴訟を提起することとなります。
民事訴訟
労災として認定されたかどうかにかかわらず、「会社がもっと安全に配慮していれば事故を防げた」といった場合には、会社に対して慰謝料や逸失利益(将来得られたはずの収入の損失)などの損害賠償を求めて裁判を起こすことができます。
こちらは、通常の民事訴訟として手続きが進められることとなります。
労災の裁判で解決できる内容
労災に関するトラブルは、労災保険の請求や会社との交渉だけでは解決できないこともあります。
そういった場合には、裁判を通じて解決を目指すことになります。
実際に裁判で争われる内容には大きく分けて次の2つがあります。
- 会社に対する損害賠償請求訴訟
- 労災保険給付に関する決定(処分)の取消訴訟
それぞれについて、詳しく解説をしていきます。
会社に対する損害賠償請求訴訟
会社が安全配慮義務を怠っていたなどの理由から労災が発生した場合には、従業員は会社に対して損害賠償請求を行うことができます。
この請求は、一般的な民事訴訟の手続きで行われます。
会社に対する損害賠償請求訴訟では、労災保険の給付だけでは補えない慰謝料や逸失利益などを請求することができます。
安全配慮義務違反
会社には、従業員が安全かつ健康に働けるように配慮する「安全配慮義務」があります。
これは、労働契約法第5条に明記されており、従業員の生命や健康を守るための重要な義務です。
例えば、会社が高所作業に必要な安全装備を用意しなかった結果、労災が生じたといったケースでは、安全配慮義務に違反していると判断される可能性が高いでしょう。
このような場合、会社は安全配慮義務違反に基づく債務不履行責任を問われ、損害賠償をする義務が生じることがあります。
安全配慮義務についてより詳しく知りたいという方は、以下の記事で詳しく解説をしていますので、ぜひ以下のページもあわせてお読みください。
不法行為
会社や上司・同僚の行為が、民法第709条に定める「不法行為」に該当する場合にも、損害賠償を請求することができます。
不法行為とは、故意または過失により他人の権利や利益を違法に侵害し、損害を発生させた場合に成立します。
労働災害における不法行為の具体例としては、上司による暴力やパワハラ、セクハラ、違法な業務命令による健康被害などが挙げられます。
これらの行為により、従業員がうつ病などの精神疾患を発症した場合、上司に対して不法行為に基づく損害賠償を請求することができます。
また、不法行為は業務中の行為に限らず、勤務時間外の社内行事や飲み会など業務外で起きた行為についても対象となることがあります。
使用者責任
加害行為を行ったのが会社ではなく上司や同僚であっても、その行為が業務に関する行為である場合、会社が「使用者責任」を負うことがあります。
これは、民法第715条に基づく責任で、被用者(加害者)が業務の執行に関連して第三者に損害を与えたとき、その損害を会社が賠償しなければならないとするものです。
例えば、上司が業務中に暴力やパワハラ行為、機械の操作ミスなどをしたことによって、部下が負傷あるいは病気になったようなケースが該当します。
このような場合、会社が直接不法行為を行っていなくても、従業員の行為に対して責任を問われることになります。
引用:民法|e−Gov法令検索
労災保険給付に関する決定(処分)の取消訴訟
もう一つの代表的な裁判のパターンが、労働基準監督署の労災認定などに対して異議を唱える「行政訴訟」です。
異議を唱えるケースとしては、次のようなものが挙げられます。
- 明らかに業務上の負傷なのに、労災と認められなかった
- 認定された障害等級が実際よりも軽く判断された
ただし、行政訴訟においては、裁判所が処分を取り消したとしても、それが直ちに「労災として認定された」ことを意味するわけではないという点に注意が必要です。
裁判所が判断するのは、あくまで行政が行った処分の適法性や手続きの正当性に限られます。
そのため、裁判所が「この処分は違法である」と判断したとしても、裁判所自身が「労災かどうか」の結論を出すことはできません。
処分取消の判決が確定した場合には、改めて労働基準監督署による労災認定の判断が行われることになります。
この際に、以前と異なる内容の決定が下されることもあれば、再び不認定となることもあります。
つまり、裁判で勝訴したとしても、その後の行政判断で自分に有利な結果が得られるとは限らないため、行政訴訟を提起する際はその点も十分に理解しておくことが大切です。
労災の裁判で損をするケース
労災のトラブルに対して「裁判をすれば解決できる」と考える方も多いですが、実際にはすべてのケースで裁判が有効とは限りません。
場合によっては、裁判を起こすことで時間や費用を浪費し、かえって損をしてしまうこともあります。
ここでは、労災の裁判で損をする代表的なケースについて解説します。
示談よりも金額が低くなった
裁判では、原則として法律上の根拠に基づき、客観的証拠により認められる範囲の損害額しか認められません。
そのため、会社側との交渉で比較的高額な示談金の提案を受けていたにもかかわらず、それを拒否して裁判に持ち込んだ結果、判決で認められた金額の方が低くなってしまうことがあります。
特に慰謝料については、相場に基づいた金額しか認められにくいため、「裁判をした方が有利」とは一概に言えません。
結果として、示談で早期解決していた方が経済的にも有利だったということも珍しくないのです。
このような事態を防ぐためには、損害額等の相場を知っておく必要があります。
裁判費用が回収額を上回った
労災裁判では、印紙代、証拠収集にかかる費用などが発生します。
また、裁判となると個人での対応は難しく、多くの場合は弁護士に依頼することになるため、弁護士費用も発生すると考えておいた方がよいでしょう。
判決で損害賠償が認められたとしても、その額がこれらの支出を上回らなければ、最終的に「損をした」と感じる結果になってしまいます。
特に、慰謝料のように金額の幅が大きく、低い場合には数十万円程度にとどまるケースでは、費用倒れになる可能性が高くなります。
このように、「勝訴=得をする」とは限らない点に注意が必要です。
そのため、費用対効果を十分に見極めたうえで裁判をするかどうかを検討することが重要です。
裁判で敗訴してしまった
当然ながら、100%裁判に勝てるとは限りません。
証拠が十分にそろっていなかったり、業務と怪我や病気との関係が医学的・法律的に認められない場合には、裁判で負けてしまうリスクがあります。
ここで注意したいのは、裁判に入ると会社側の対応が一変するケースがあるという点です。
示談の段階では、ある程度の補償を申し出ていた会社が、裁判になると社内の法務方針やリスク管理の観点等から、一転して全面的に争ってくることも少なくありません。
もし裁判に敗訴してしまった場合には、自分で支払った弁護士費用や裁判所への手数料だけでなく、相手方の裁判費用(訴訟費用)を一部負担する義務が生じることもあります。
その結果、金銭的な負担が大きくなるだけでなく、長期化する裁判による精神的なストレスも見逃せません。
このようなリスクを事前に正しく理解し、自分のケースが裁判に適しているかどうかを冷静に見極めることが大切です。
労災の裁判で得をするケース
労災に関するトラブルが起きたとき、「裁判なんて大げさでは?」と感じる方もいるかもしれません。
しかし、状況によっては裁判を起こすことで納得のいく補償を受けられたり、将来の生活に安心をもたらすことができるケースもあります。
ここでは、労災の裁判で得をする代表的なケースについて解説します。
示談よりも金額が高くなった
示談交渉の段階では、会社側が責任をあいまいにしながら、比較的低額な補償を提示してくることがあります。
しかし、裁判では証拠と法的根拠に基づいて損害額が算定されるため、より正当な金額が認められることがあります。
例えば、慰謝料や逸失利益(将来得られたはずの収入の損失)など、示談では十分に考慮されなかった部分まで裁判では評価される可能性があります。
結果として、「示談に応じていたら得られなかった補償を受け取れた」というケースもあります。
裁判を通じて気持ちの整理がついた
お金の問題だけでなく、「自分の声をちゃんと聞いてもらいたい」「納得できる形で終わらせたい」という思いがある方も多いはずです。
裁判という公の場で、自分の被害や思いをしっかり伝えることで、「やるだけのことはやった」と気持ちに整理がついたり、区切りをつけることができる場合もあります。
たとえ全ての請求が通らなかったとしても、「自分の権利を主張した」「誠実に向き合った」という経験そのものが、心の回復につながるという方も少なくありません。
労災の裁判の手続きについて
労災に関する裁判には、「行政訴訟」と「民事訴訟」の2つがあります。
行政訴訟は労働基準監督署の処分を争う手続きですが、実際には多くの方が「会社に対する損害賠償」を求めて民事訴訟を選択するケースが一般的です。
その理由は、労災保険による補償とは別に、慰謝料や逸失利益など、より実質的な損害回復を目指せるからです。
そこでここからは、労災に関連する民事訴訟の流れや必要書類などについて解説をしていきます。
労災訴訟の流れ
労災訴訟は、行政訴訟でも民事訴訟でも同じような流れで進行していきます。
詳しくは、以下のフロー図をご覧ください。
それぞれの段階について、解説をしていきます。
①訴えの提起
まず、裁判を起こす側(原告)が、損害賠償を求める内容を記載した「訴状」を作成し、管轄の地方裁判所に提出します。
訴状には請求の内容だけでなく、「なぜ労災にあたるのか」「会社がどのような過失をしたのか」などの主張を記載します。
提出された訴状は、裁判所が形式審査をしたうえで、被告(会社側)に「送達」されます。
送達とは、訴状などの裁判文書を正式に届ける手続きのことです。
送達が完了すると、正式に裁判(訴訟)が始まります。
②第1回口頭弁論期日
第1回口頭弁論期日は、裁判所で最初に開かれる審理の場です。
この期日では、主に訴状と被告側が提出した「答弁書」の内容が確認されます。
ですが、多くの場合、第1回口頭弁論期日は形式的な確認にとどまり、実質的な審理は次回以降に行われるのが一般的です。
③続行期日
第1回口頭弁論期日の後は「続行期日」として複数回の期日が開かれます。
ここでは、原告と被告の双方が書面(準備書面)で主張を整理し、証拠を提出していきます。
裁判官は、提出された証拠や主張をもとに、原告と被告のどちらの言い分が法的に認められるかを検討します。
④和解協議
一定の主張と証拠のやり取りが終わると、当事者間で「和解」についての話し合いがあります。
和解とは、裁判を途中で終了させるための話し合いによる解決方法で、双方が納得すれば判決を待たずに訴訟を終結させることができます。
多くの場合、裁判官から和解案が提示され、その提案を当事者双方が検討することになります。
当事者間の主張の隔たりが大きく、およそ和解の余地がない場合には、以下の尋問手続きに移行する場合もありますが、多くの場合は和解協議が行われます。
⑤尋問手続き・和解協議
和解できなかった場合には、尋問手続きが行われます。
尋問手続きとは、当事者自身や証人に裁判所に来てもらって、質問をする手続きです。
尋問手続きの後に、もう一度、和解できないか話し合いを設けることもあります。
⑥判決
尋問手続き後の和解の話し合いでも解決できない場合には、裁判所に判決を下してもらうことになります
判決に対して、不服がある場合には、控訴して上級裁判所に再度、審理してもらうことができます。
労災訴訟の費用
労災に関する訴訟を起こす際には、次のような費用がかかります。
費用の内訳 | |
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裁判にかかる費用 |
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弁護士費用 |
※相談料や着手金はかからない法律事務所もあります |
証拠収集にかかる費用 |
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実際にかかる費用は事案によって異なりますので、詳しくは裁判所や弁護士に確認してください。
労災訴訟の必要書類
労災を理由に損害賠償請求を行うには、会社の責任や自分が被った被害を証明する資料が必要です。
必要となる主な書類は以下のとおりです。
書類・証拠 | 内容・目的 |
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訴状 | 請求の内容や理由を記載 |
診断書 | 怪我や病気の状態を証明するために提出 |
労災に関する証拠 | 労災があったことを証明するために提出 (例:事故報告書、現場写真など) |
給与に関する証拠 | 労災によって休業した日の給与相当額を計算するために提出 (例:勤務表、給与明細、雇用契約書など) |
その他 | 会社とのやりとりの記録など |
この他にも提出した方がよい証拠があるケースもあります。
そのため、詳しくは弁護士と相談しながら提出する証拠を決定することをおすすめします。
労災訴訟の期間
最高裁判所が公表している裁判所データブックによると、2023年の地方裁判所における労働関係民事訴訟の平均審理期間は17.9ヶ月です。
民事訴訟全体の平均が14ヶ月のため、労働関係の訴訟の方がやや長引く傾向にあるといえます。
労災の裁判の3つのポイント
労災に関するトラブルで裁判を検討する場合、「裁判をすればすべて解決する」と思いがちです。
しかし、実際の裁判は時間もお金もかかるため、準備や判断を誤るとかえって損をすることもあります。
ここでは、労災の裁判で後悔しないために押さえておきたい3つのポイントを解説します。
費用対効果を冷静に見極める
労災の裁判では、どうしても時間やお金がかかってしまいます。
これらの負担があるにもかかわらず、判決で認められた損害賠償の金額が期待よりも少なかった場合、結果的に「損をした」と感じてしまうこともあります。
そのため、裁判を起こす前に、かかる費用と見込まれる回収額を冷静に比較することが大切です。
訴訟を検討する際は、損害額の見込みや勝訴の可能性について弁護士に相談し、「本当に裁判を起こすべきか」を冷静に見極めることをおすすめします。
訴える前に証拠を集める
労災の裁判では「証拠」が勝敗を左右します。
どれだけ被害を訴えても、業務と怪我や病気の関連性や損害額を裏付ける客観的な資料がなければ、裁判所に認めてもらうことはできません。
しかし、労災を裏付ける証拠等は会社側が管理しており、従業員が持っていないというケースが多々あります。
裁判を起こした後だと、会社側もより慎重になり、資料の確認や入手が困難になることも考えられます。
そのため、裁判を起こす前のできるだけ早い段階で証拠を揃え、保存しておくことが大切です。
労災に強い弁護士に依頼する
労災の裁判は、一般的な損害賠償請求よりも専門性が高く、法律の知識だけでなく医学的な知見も必要になるなど、複数の専門分野にまたがる複雑な争いになります。
そのため、労災に強い弁護士に依頼をすることが、裁判を有利に進めるための鍵となります。
労災の問題を弁護士に相談するべき理由については、以下の記事で詳しく解説をしていますので、ぜひ以下のページもあわせてお読みください。
労災裁判についてのQ&A
労災の裁判について、よくあるご質問にお答えします。
労災の裁判の勝率はどれくらい?

また、裁判の途中で和解が成立し、裁判が終了するケースもあるため、統計上「勝訴」としてカウントできないといった事情もあります。
自分のケースを裁判で争った場合、どの程度勝訴の見込みがあるかを知りたいという方は、ぜひ弁護士に相談してみてください。
労災裁判で負けたらどうなる?

また、裁判で敗訴している以上、会社が示談などで任意にお金を払うことも考えにくいでしょう。
そうすると、自分で負担した弁護士費用や裁判費用は戻ってこないため、経済的な負担だけが残る結果になってしまいます。
そのため、裁判に進む前に勝訴の見込みや費用対効果について、弁護士とよく相談することが大切です。
会社が労災で訴えられたらどうすればいい?

その上で、会社としては、就業規則や労働時間の記録、事故当時の状況を示す報告書、従業員とのやりとり記録など、労災に関連する資料をできるだけ早く整理・保存しておきましょう。
また、対応を誤ると企業イメージや職場環境にも悪影響を及ぼすおそれがあるため、労災問題に詳しい弁護士に速やかに相談することが重要です。
まとめ
労災の裁判は、「泣き寝入りせずに正当な補償を求めたい」と考えたときに取ることのできる選択肢のひとつです。
裁判には費用や時間、証拠集めといった負担が伴う一方で、納得のいく補償を得られる可能性もあります。
裁判をするかどうかについては、労災に詳しい弁護士に相談することが、後悔のない判断につながります。
裁判を検討している方は、まず1度専門家の意見を聞いてみることをおすすめします。
弁護士法人デイライト法律事務所では、労災問題を多く取り扱う人身障害部の弁護士が相談から受任後の事件処理を行っています。
オンライン相談(LINE、ZOOM、Meetなど)により、全国対応も可能ですので、お困りの方はぜひお気軽にご相談下さい。