
労災の示談交渉とは、労災によって生じた損害に対して、会社と損害賠償の内容を話し合いで決める手続きです。
示談交渉では、「会社の責任の有無」「慰謝料の金額」「示談書の記載内容」などが重要なポイントになります。
また、交渉を早まってしまうと、損害が十分に賠償されなかったという事態にもなりかねません。
この記事では、労災の示談交渉の進め方や注意点、必要となる書類やかかる費用の目安などについて、わかりやすく解説していきます。
これから示談交渉をしようと考えている方や、会社から示談を持ちかけられて戸惑っている方は、ぜひ参考にしてください。
目次
労災(労働災害)の示談交渉とは?
「労災の示談交渉」とは、従業員が怪我や病気をしたときに、会社と補償の内容や金額について、当事者同士で話し合うことを指します。
つまり、裁判を行わずに、お互いに納得できる条件で解決を目指すのが「示談交渉」です。
まずは「労災」と「示談交渉」のそれぞれの意味を確認しておきましょう。
労災とは?
「労災(労働災害)」とは、仕事中に怪我をしたり、病気になったり、場合によっては亡くなってしまうことを指します。
労災が起きてしまったときに、従業員を守るために用意されているのが「労災保険」です。
労災に遭ってしまった従業員は、労災保険から治療費や仕事を休んでいる間の休業補償、後遺症が残った場合の補償、亡くなった場合には遺族への補償など、さまざまなサポートを受けることができます。
示談交渉とは?
「示談交渉」とは、トラブルが起きたときに、裁判をせずに当事者同士で話し合って解決することです。
労災の場合、基本的な補償は労災保険から支払われます。
しかし、労災保険では、残念ながら全ての損害をカバーすることはできません。
ですが、会社の体制などに労災が起きた原因があるときは、労災保険の補償とは別に会社に対して損害賠償を求めることができます。
このようなときに「示談交渉」が行われます。
示談では、労災保険ではカバーされない「慰謝料」や「将来の収入の損失」なども話し合いの対象になります。
裁判よりも早く解決しやすく、費用や時間の負担も少なくて済むため、多くの方が選択する方法のひとつです。
労災保険と示談交渉の違いとは?
労災保険は国が用意している公的な制度であり、支給の要件を満たしていれば、一定の補償が自動的に受けられる仕組みとなっています。
しかし、あくまで「最低限の補償」しかなされないため、慰謝料のような損害までは含まれていません。
一方で、示談交渉は、民法上の損害賠償請求権があることを前提として、会社と個別に話し合って行うものです。
会社に安全管理の不備や過失があった場合、その責任に基づいて「追加の補償」を請求することができます。
会社に責任が認められる場合には、慰謝料や逸失利益など、労災保険ではカバーされない部分を補うことができます。
労災保険 | 損害賠償請求 | |
---|---|---|
根拠法令 | 労働者災害補償保険法 | 民法 |
会社の責任 | 不問 | 必要 |
給付の内容 | 画一的な補償内容 | 事案によって判断 |
慰謝料 | 補償されない | 補償される可能性がある |
手続き | 労働基準監督署への申請 | 示談、裁判など |
労災で示談交渉が必要となるケース
仕事中の怪我や病気で労災保険を使った際に、「思ったよりも補償が少ない」と感じる方は少なくありません。
その理由として、労災保険は法律で定められた最低限の補償制度のため、発生した損害全てをカバーできるものではないという点が挙げられます。
そこで、もし会社に事故の責任がある場合は、労災保険だけでは不足する部分について「損害賠償」を会社に求めることができます。
このときに必要になるのが「示談交渉」です。
特に、以下のようなケースでは、労災保険だけでは損害を回復させることが難しいため、会社に労災発生の責任があるのであれば、示談交渉を行うべきです。
労災保険では補償しきれない損害がある
労災保険では、治療費や休業補償などの給付を受けることができますが、次のような損害まではカバーされません。
- 精神的な苦痛に対する慰謝料
- 将来における収入の減少分(逸失利益)
逸失利益については、障害補償給付により補償されますが、全てをカバーできるわけではありません。
こうした場合は、会社に対して追加の賠償を求めるために、示談交渉を行う必要があります。
後遺障害が残ってしまった
労災の後遺症として、手足のしびれや視力・聴力の低下などが残った場合、その後の生活や仕事に大きな影響が出ることがあります。
例えば、「元の仕事に戻れなくなった」「労働時間を短くせざるを得なくなった」といったケースでは、今後の収入が大きく減ってしまうことが考えられます。
労災保険では、後遺障害の程度に応じて一時金または年金が支給されますが、それだけで逸失利益のすべてをカバーするのは難しいのが実情です。
そのため、後遺障害が残った場合には、会社と示談交渉を行い、追加の損害賠償を求めることが重要です。
労災で死亡してしまった
労災によりご家族を亡くされた場合、労災保険からは遺族補償年金などが支給されます。
しかし、支給額には上限があり、残された遺族の生活を長期的に支えるには不十分なことも少なくありません。
特に、亡くなった方が一家の大黒柱だった場合、収入を失うことによる経済的損害はもちろん、精神的な苦痛も非常に大きなものとなります。
このような場合には、会社に対して逸失利益や慰謝料などを含む損害の賠償を求めて、示談交渉を行うことが大切です。
労災の示談交渉の流れ
労災の示談交渉は、以下の図のような流れで進んでいきます。
それぞれのステップについて、解説をしていきます。
①労災事故の発生
職場で事故が起きた場合は、速やかに上司や会社に報告しましょう。
報告が遅れると、事故と業務との関連性(因果関係)が不明瞭になり、労災として認定されないリスクが高まります。
可能であれば、事故現場の写真や当時の状況のメモ、目撃者の証言など、客観的な証拠を残しておくことをおすすめします。
②労災保険の申請
労災が発生した場合は、まずは労災保険の申請をしましょう。
労災であることが認定されれば、労災保険から治療費や休業中の給与の補償を受けることができます。
労災保険の申請は会社が行ってくれるケースが多いですが、会社の協力が得られない場合には、自分で申請を行うこともできます。
申請が遅れると補償を受けられないこともあるため、できるだけ早めに対応することが大切です。
③会社に法的責任があるかを検討
会社に対して示談交渉を行うためには、まず会社に法的な責任があるかどうかを検討する必要があります。
当然のことですが、労災について会社に全く責任がない場合には、会社に損害賠償請求をすることはできません。
具体的には、労災が発生したことについて、会社に「安全配慮義務違反」または「使用者責任」が認められるかどうかを検討することとなります。
安全配慮義務違反 | 会社が従業員の生命、健康を守るために必要な配慮を行わなかった |
使用者責任 | 会社の従業員が業務中に他人に損害を与えた場合、その従業員を雇っている会社が責任を負う |
会社の責任を検討するにあたっては、事故原因の分析や過去の裁判例などをもとに慎重に判断することが大切です。
④損害額の算定と証拠集め
会社に損害賠償を請求できそうだということがわかったら、次は損害額の算定を行います。
また、算定を行うのと同時に、会社の責任や損害額を示す証拠を集めましょう。
損害には、以下のようなものが含まれます。
- 通院交通費
- 休業損害
- 後遺障害による逸失利益
- 慰謝料など
※労災保険と重複して請求することはできません。
証拠の充実度が交渉結果を大きく左右するため、なるべく多くの証拠を集めることが大切です。
なお、どのような証拠が必要となるかについては、後ほど詳しく解説を行います。
⑤会社との示談交渉
証拠が揃い、損害額の算定ができたら、会社との示談交渉に入ります。
交渉では、損害賠償額や支払い方法、支払時期、今後の追加請求の有無などを話し合います。
損害の計算や交渉は専門的な知識が必要になるため、弁護士を通じて交渉を行うことをおすすめします。
示談は裁判よりも早く解決できる手段であるため、できる限り円満な合意を目指しましょう。
⑥示談成立
示談交渉がまとまったら、合意した内容を書面にまとめた「示談書」を作成します。
示談書には、損害賠償額、支払い方法、支払い期限、そして将来的な追加請求を行わないことを示す「清算条項」などを明記します。
当事者双方が署名・押印して正式な合意書とすることで、法的効力が生じます。
示談内容に不備があると、あとあとトラブルの原因になるため、書面の作成や内容の確認は弁護士に依頼することをおすすめします。
労災の示談交渉に必要な書類
会社に対して損害賠償を請求する際には、根拠となる書類を事前にしっかりと準備しておくことが重要です。
証拠となる書類が多ければ多いほど、示談交渉をスムーズに進めることができます。
ここでは、示談交渉において必要となる代表的な書類をわかりやすく紹介します。
労災が発生したことを証明する書類
まず必要になるのが、労災事故が実際に起きたことを証明する書類です。
具体的には、以下のような書類等が挙げられます。
- 事故発生時の報告書
- 事故現場の写真
- 労働者死傷病報告書
- 療養補償給付などの請求書
- 目撃者の証言メモなど
事故から時間が経つと、現場の状況が変わってしまったり、関係者の記憶が曖昧になったりして、証拠の収集が難しくなるおそれがあります。
そのため、できるだけ事故直後から記録や証拠を残しておくことが大切です。
労災の発生に会社の責任があることを証明する書類
会社に「安全配慮義務違反」や「使用者責任」があることを示す書類も必要となります。
具体的には、以下のような書類等が挙げられます。
- 災害調査復命書
- 労働者死傷病報告書
- 作業マニュアル
- 作業指示書
- 業務日報
- 安全教育記録
- 設備の点検記録
- メール
- 録音データ
- 刑事記録
- 社内相談記録など
こうした資料を集めることで、会社側の責任を裏付けることができます。
損害額を証明する書類
損害賠償を求めるためには、どのような損害が生じたかを示す書類が必要です。
具体的には、以下のような書類等が挙げられます。
- 医師の診断書・診療報酬明細
- 通院交通費の記録
- 給与明細
- 源泉徴収票
- 後遺障害診断書
- 後遺障害等級の決定通知書
- 通院日数のメモなど
- 労災保険の給付に関する書類
すでに労災保険の給付を受けている場合、その内容がわかる書類も必要です。
具体的には、以下のような書類等が挙げられます。
- 労災保険給付の支給決定通知
- 労災保険給付の支払振込通知
これにより、労災保険でカバーされた部分と、会社に請求するべき補償の差額を明確にできるため、示談交渉をスムーズに進めることができます。
労災の示談書
示談交渉が成立したら、最終的な合意内容を明文化する「示談書」を作成しましょう。
口約束だけで済ませてしまうと、後から「そんな話はしていない」「支払うつもりはなかった」などといったトラブルが起こるリスクがあります。
トラブル防止のためにも、示談書の内容はしっかり精査し、必ず書面で残しておきましょう。
可能であれば、示談書の作成に慣れている弁護士に示談書のチェックや作成を依頼することをおすすめします。
示談書の具体的な記載例や注意点については、以下の記事で詳しく解説をしていますので、示談書を作成したいと考えている方は、ぜひ以下のページもあわせてお読みください。
労災の示談交渉にかかる費用
労災の示談交渉を進めるにあたっては、主に以下のような費用がかかります。
費用の種類 | 内容 | 相場の目安 |
---|---|---|
弁護士費用 | 相談料 | 30分あたり5,000円〜1万円 ※初回無料の事務所あり |
着手金 | 請求額の5〜10%程度 ※着手金がかからない事務所あり |
|
報酬 | 賠償額の15〜20%程度 | |
実費 | 郵便切手代など | |
その他の費用 | 診断書等の取得費用 | 数千円〜1万円程度 |
ここでご紹介した相場はあくまでも目安のため、実際の費用については、依頼を考えている法律事務所に見積もりを出してもらってください。
労災の示談交渉の注意点
労災の示談交渉を知識がないまま進めてしまうと、本来受け取れるはずの額よりも低い示談金しか受け取れないおそれがあります。
ここからは、労災の示談交渉で特に気をつけたいポイントについて解説をしていきます。
会社からの提案は鵜呑みにしない
会社から示談を提案された場合でも、その内容をそのまま受け入れるのは避けましょう。
自社の負担を最小限に抑える目的で、会社は示談金の額を相場より低く提案してくることがあります。
また、慰謝料や逸失利益などが適切に含まれていない場合もあります。
損害の全体像を自分でも整理したうえで、必要であれば弁護士に相談した上で、内容が妥当かどうかを冷静に判断することが大切です。
示談成立後は原則として追加請求ができない
一度示談が成立してしまうと、それが最終的な合意となり、基本的にあとから追加の請求はできません。
特に注意したいのが、治療が終わっていないうちに示談してしまうケースです。
示談が成立した後に、後遺症が残ったり、治療が長引いて費用がかさんでしまったという場合でも、原則として追加での賠償は受け取れません。
示談書には「清算条項」と呼ばれる条文が盛り込まれるのが一般的で、これは「今後一切の請求をしない」という合意を意味します。
そのため、治療が終了するまでは示談を急がず、慎重に進めることが大切です。
どうしても治療が完了する前に示談をしたいという場合には、示談後に判明した損害については、示談の成立後でも請求できることを定めた条項を示談書に明記しておくことをおすすめします。
しかし、このような条項をご自分で考えて記載することは難しいと思いますので、この場合には弁護士に相談の上、示談書を作成しましょう。
示談書は必ず作成する
示談交渉の内容がまとまったら、口約束ではなく、必ず「示談書」という形で書面に残しておきましょう。
口約束だけで済ませてしまうと、後になって「そんな話はしていない」とトラブルに発展するおそれがあります。
示談書には、示談金の額や支払い方法、支払期限、清算条項などを明記し、当事者双方が署名・押印しておくことが重要です。
労災に強い弁護士に相談する
労災の示談交渉では、法律や損害算定の知識が必要となります。
特に、後遺障害や慰謝料の評価、会社の法的責任などは専門的な知識がないと正しく判断することが難しいため、労災に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。
労災に強い弁護士であれば、状況に応じた的確なアドバイスや、会社との交渉の代行、示談書のチェックまで幅広くサポートしてくれます。
少しでも不安がある場合には、早めに相談することをおすすめします。
労災を弁護士に相談するメリット等については、以下の記事で詳しく解説をしていますので、ぜひ以下のページもあわせてお読みください。
労災の示談交渉についてのQ&A
労災の示談交渉について、よくあるご質問にお答えします。
労災の慰謝料の相場はいくらですか?

例えば、軽度の怪我の場合は、数万円〜数十万円程度となるケースが一般的です。
ですが、重度の後遺障害が残った場合などでは、1、000万円以上になることもあります。
労災の慰謝料に明確な相場はありませんが、過去の裁判例や弁護士の算定基準をもとに判断されるのが一般的です。
労災の慰謝料の相場については、以下の記事で詳しく解説をしていますので、ぜひ以下のページもあわせてお読みください。
弁護士以外の労災の示談交渉は違法ですか?

弁護士資格のない者が報酬を得て、第三者のために損害賠償請求などの法的な交渉を行うことは「非弁行為」とされ、弁護士法違反にあたります。
例外的に、労働組合が組合員のために交渉できる場合もありますが、基本的には弁護士に依頼するのが安全かつ確実です。
まとめ
労災の示談交渉では、補償の金額や会社の責任、示談書の内容など、見落としてはいけないポイントが数多くあります。
特に、治療が終わる前の早すぎる示談や、口約束だけの合意はトラブルのもとです。
交渉を有利に進めるためには、証拠や書類をきちんとそろえ、必要に応じて労災に強い弁護士に相談することが大切です。
弁護士法人デイライト法律事務所では、労災問題を多く取り扱う人身障害部の弁護士が相談から受任後の事件処理を行っています。
オンライン相談(LINE、ZOOM、Meetなど)により、全国対応も可能ですので、お困りの方はぜひお気軽にご相談下さい。